ワイルドで行こう
そんなことを行ったり来たり考えているうちに、どれぐらい時間が経ったのだろう。
いい加減、お腹が空いたなと。再び起きあがった時だった。
時間は23時。
静かな空港町にある龍星轟の店先で『ドウンッ』と唸る音が響いた。
そのエンジン音を聞いただけで驚いて、小鳥は窓辺に寄る。
もう夜、看板を照らす常夜灯だけになった龍星轟の淡い照明の店先に、青いMR2が現れた。
「お、お兄ちゃん」
こんな夜遅く。MR2でやってくることなんて……。
まさか。プロポーズが成功して、嬉しくて、親父さんに報告に来た?
『なんだ。翔の野郎。こんな時間に』
廊下から慌ただしく歩く英児父の声が聞こえてきた。親父さんも寝室から覗いて知って驚いたのだろう。そしてきっと送り出した上司として心配して。
その後、すぐだった。翔兄が運転席から降りてくると、ネクタイも緩めきった砕けた格好で、事務所裏の二階自宅通路へと向かっていく姿。その後暫くすると、この家の玄関チャイムが鳴った。
やっと小鳥はドアを開けて、部屋を出た。リビングに出ると、母と聖児が玄関先が見えるドアの前で息を潜めて佇んでいる。
「どうした。翔。瞳子さんは」
そんな親父さんの声が玄関から。小鳥が覗こうとすると母に肩を引っ張られそこから遠ざけられた。でも、もう『あっちに行っていなさい』とは言わない。小鳥の肩を優しく抱いて、ドアから離れたところにいさせてくれる。
「社長。スープラに履かせようと取りよせていたタイヤ。あれを今からMR2に履かせたいんですよ。ガレージとピットを開けさせてください」
「待てよ。なんで今なんだよ」
「履かせて今から走りに行くんですよ」
いつも涼やかに落ち着いている翔兄の声ではなかった。明らかに怒りを含め、冷静さを失った声。
小鳥の肩先で母の落胆した溜め息が聞こえた。それだけで『結果』を悟ったのだろう。
そして小鳥は……。
信じられなかった。願っていなかったわけでもないけれど、絶対に『長く付き合った二人だから、きっと結婚する』と覚悟するほど、絶対に翔のプロポーズは届くと思ったから。