ワイルドで行こう



「ダメだ。今日は走りに行くな」

 親父さんが止めた。自暴自棄になって事故になると困るからだろう。

「タイヤは明日、履かせろ。それなら許す」
「わかりました。もういいです。今から走りに行きます」

 同じことだった。タイヤなんてどれだって関係ない。でも、翔兄はここに来てしまった。それは何故。そして親父さんも本当はわかっていた。

「わかった。今から履かせろ。それでお前の気が済むなら。俺がガレージを開ける。閉めるのも俺だ。勝手に出て行くな。出て行ったらクビだ」
「ありがとうございます」

 着崩れたワイシャツのネクタイを、翔兄がそこで取り去った。そして親父さんもそのまま玄関を出て行ってしまう。

 やがて、夜中の龍星轟に燦々とした照明がつき、ガレージとピットのシャッターが開く音が響いた。

「聖児、お部屋にいなさい。玲児を起こさないでね」
「わかった」

 いつもおちゃらけている聖児も、やるせない溜め息をついて、すんなり母に従った。

「小鳥ちゃん。お茶を淹れるから、座りなさい」

 そして小鳥は部屋に返されず、リビングのソファーに座らされた。

 琴子母もすっかりくつろいだ部屋着姿。その格好で熱い紅茶を入れてくれた。母もカップを持って小鳥の直ぐ隣に寄り添ってくれる。

「瞳子さんね。二ヶ月も前にご両親に勧められてお見合いをしていたんですって」

 それを聞いて、小鳥は『え』と目を見開き、熱いカップを持ったまま母を見る。

「そのお話が上手くいきそうなんですって。最後だったのよ。この前、瞳子さんが龍星轟まで桧垣君を訪ねてきたのは。最後の賭けだったの」
「え……。最後の賭けって……」
「もう一度、自分と一緒に生きていけるよう、お互いが望むことをよく話し合ってから決めたかったのでしょう。それで桧垣君も目が覚めたのね。やっと腰を上げてプロポーズをする決心をして、昨日……。お父さんも仕事を切り上げさせて送り出したのよ」

 そして母が哀しそうに俯き、呟いた。

「でも。駄目だったみたいね。手遅れだったんだわ」

 嘘。なにそれ。

 まだ口も付けていないカップを置いて、小鳥は立ち上がっていた。思い立ったら身体が動いている。だから小鳥はリビングを飛び出していた。

「小鳥!」

 母も止められないほどの素早さだったのだろう、小鳥はその時にはもう玄関も飛び出していた。




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