ワイルドで行こう
「あんなお兄ちゃん。初めて見たから。どうなるか分からなくなって、怖かった」
英児父も『そうか』と小さい微笑みを見せ、珈琲カップを傾け一口。
「……いや。父ちゃんも、今夜の翔と同じような経験があってさ」
『同じような経験?』。
それが『好きな女性と破局して』ということだと直ぐに判った小鳥は目を見張る。やはり父にも、琴子母と出会う以前に、辛い恋の経験があったんだと。
「そんとき、シルビアに乗っていたんだよ。俺が高校を卒業して直ぐ手に入れた初めての相棒だったんだけどよ。高校時代から好きだった女とやっとつき合えたと思ったら、やっぱり『いつまでも髪を染めたままのヤンキーな貴方は嫌』て言われちまって、まあ、自暴自棄になって峠を走ったら事故っちまったんだよ。で、廃車になるほどおシャカにしちまってさ」
「え! あのシルビアって。最初から乗っていたシルビアじゃないの?」
「そのあと、中古で買い直した二台目だよ」
だけど父はそのシルビアにあまり乗らない。なのに、他の車より大事にしている姿を見せて『なんで最初の相棒に愛着持っているのに、スカイラインみたいにどんどん乗らないの』と思っていた。
父はやるせない笑みを見せると、そこに立っている娘の小鳥を見つめた。
「そんときの暴走で、欲しくて堪らなくてやっと手に入れたはずの車を廃車にした。すげえ後悔したんだ。車にすごい悪いことしたと思った。俺も少しだけ入院することになって」
「え。彼女が原因で事故になったなら、彼女もびっくりしてお見舞いに来てくれた?」
父が首を振る。
「知り合い全てに。彼女には知らせるなと頼んだからな。もう去っていく女に、また来られたり、気にされて元に戻ってきてくれても、俺が苦しいだけだからさ。彼女は知らないまま、その後直ぐ、真面目なリーマンと結婚したよ」
「なに。それ……!」
むしゃくしゃっとした。
父ちゃんがヤンキーの姿をしているだけで嫌になってフッて。それで父ちゃんが傷ついたのも知らないで、父ちゃんが切り捨てられても去っていく彼女の気持ちを大事にしたことも知らず、なに、勝手にのうのうと結婚できたのよ――と。
だけど、そこでその人と英児父の縁が切れたからこそ、琴子母と出会ってくれた。そして小鳥がいまここにいる。そう思うと、父親を馬鹿にされたような気持ちが湧いても、それで良かったのだとも思う。
それにやっぱり……父ちゃんらしい。