ワイルドで行こう


 『キッ』と翔がブレーキを踏んだ。

 両手を広げる小鳥の膝元すれすれに、青いバンパーが停まっていた。

 怖くなんかなかった。お兄ちゃんがこのまま出て行ってしまう方が怖い。

 なんとか車が停車して、ほっとした小鳥が思ったのはそんなことだった。

「おまえら、なにしとんじゃーっ!」

 カッとなった父の怒声が龍星轟に響き渡る。

 英児父が事務所から飛び出してきた。言い付けを破ろうとしている部下、そして後先考えずに飛び出した娘が『轢かれそうになる』寸前……! 相当、頭に血が上っている。そんな顔でこちらにやってくる。

 それをバックミラーで確かめたのか、運転席の翔が急ぐためか、『そこをどけ』と小鳥に向かって威圧的に声を発しているのが目で見てわかる。でも小鳥は首を振る。

 前進を阻まれている彼に睨まれ、またMR2のエンジン音が激しくブウンと唸った。彼がエンジンをふかして、小鳥を威嚇している。でも小鳥は再度首を振る。

 ついに翔が運転席窓から身を乗り出して叫んだ。

「そこをどけ!」

 初めて大好きなお兄ちゃんに怖い顔で怒鳴られる。でも小鳥は何度も首を振る。

 そんなに、走りたいの。それで気が済むの? 
 お兄ちゃんの今の気持ちってそれしかないの。それだけなの!? 

 小鳥の心が叫んでいる。



< 531 / 698 >

この作品をシェア

pagetop