ワイルドで行こう
「翔、降りろ!」
怒り心頭でやってきた父が運転席から身を乗り出している翔を今にもひっつかみそうだった。なのに、今度の翔兄は運転席に戻り、そのウィンドウをぴしゃりと閉めてしまう
――父のいいつけを破ってでも行きたいんだ。それならば!
小鳥は助手席に駆ける。今にも走り出しそうなMR2のドアを開けて、助手席に乗り込んでしまう。
ドンと乗り込んできた小鳥を見て、さすがに翔兄が唖然とした顔に。
「行こう。お兄ちゃん。早く――」
今度は娘が助手席に乗り込んでしまった。またまた吃驚する父の顔が翔兄の向こうに。閉まっているウィンドウを父が拳で叩いたが、ついに翔はサイドブレーキを降ろし、アクセルを踏んでしまう。
ギュギュギュ――とタイヤを鳴らし、青いMR2は小鳥を乗せてとうとう龍星轟を飛び出してしまった。
「知らないぞ」
アクセル全開でMR2を走らせる翔が低い声で呟いた。でも小鳥は応えない。無言でシートベルトをして一緒に前を見据えた。
どこかから携帯電話が鳴る音。たぶん、英児父から。でもそれも二人で無視した。
『社長の言い付けを破った』。
『父親の目の前で、娘自ら怒る男の車に乗り込んで、連れられていく』。
さあ、どうしよう。そんな状況……のはず。
それでも、もう……。翔兄も小鳥も『走りに行く』こと以外の、余計なものはもう消し去っている。
今は、スピードをだして夜の気流をつっきる車に乗って駆けていきたい。
それだけ。