ワイルドで行こう
すごい。これ、次に私が乗る車なんだ。この車、こんな乗り心地だったんだ!
不謹慎かもしれないが、車を待ち望んできた血が沸き立った。
「すごいっ! これが本当のMR2なんだね!」
瀬戸内の紺碧の空にはいくつもの星。地方の高速は夜になると暗い。MR2のライトだけが行く先を照らす中、静かな高速にどこまでも響くエンジン音。
大好きな人と二人。大好きな車で夜空に飛び立っていくような高揚感。
「すごいよ、すごい。MR2……。やっぱり父ちゃんの車とは全然違う。私、ほんとにこの車を気に入った。早く、私も運転したい!」
つい。笑みを浮かべて、抑えきれない気持ちが溢れてしまっていた。
すると……。急にMR2のスピードが落ちた。どんどん後退するように、小鳥の視界に瞬く間に過ぎ去っていたもの全ての形がはっきりと見えるようになり、エンジン音が緩やかに落ちていく。
「……ご、ごめんなさい」
すごく嫌な気持ちをどうにか振り払いたいから車を飛ばしていたのに。
横にいる女が空気も読まずに、ウキウキしている。気分を台無しにされた。だから、スピードを落としたのだと小鳥は思った。
だけど。運転席のアクセルを緩めた翔は、もう笑っていた。
「お兄ちゃん……?」
ギアを落とし、MR2は通常走行になる。
「いや……。やっぱり、違うんだなと思って。小鳥らしくて、……なんか力が抜けた」
え。どういうこと? 気分を悪くしたんじゃないの。邪魔をしたんじゃないの。
そう思っている小鳥に、今度の翔は頬を引きつらせる笑みを浮かべている。
「瞳子は……。これをするとすごく嫌がったんだ。この車のこと、最後まで嫌っていた」
「そ、そうなの?」
初めて。翔兄の口から彼女のことが語られる。子供じゃない。上司の娘じゃない。小鳥だけにいま……。