ワイルドで行こう
「こうしてドライブに行くだろ。俺がこれをしたがるだろ。彼女は助手席で震えて怒るんだ。二度とこんな危ないことはしないで。私といる時はこんなことしないで。やがて、彼女はこの車にすら乗ってくれなくなった」
また再び、ギアがハイへと切り替えられ、翔がアクセルを踏む。再びエンジン音が高鳴り、MR2がアスファルトを飛んでいく。
「……ずっと前から決まっていたんだな。全然、合っていなかったんだ。そうだったんだ。『いつか解ってくれる』なんて、なかったんだ」
また翔兄の眼差しが闇夜の果てへ遠く馳せていく。
「なのに。車屋の娘である小鳥は、目を輝かせて、笑ってくれるんだもんな。駄目な女はどうしても駄目。それがよく分かった」
そして翔がはっきりと言い放った。
「もういい。終わりにする。これっきりだ」
すうっと、彼の黒い瞳が凪いでいくのを小鳥は見た気がした。
その瞬間、今度はいつも龍星轟で見ているような凛々しい眼差しが闇夜に強く注がれる。また彼の逞しい腕がギアをローからハイに切り替える。
MR2は、再び、野鳥のように宵闇を駆けていく。
でももう、いつも小鳥が龍星轟で見ている彼の横顔だと思った。黙って静かに、でもしっかり前を見据えている頼もしい男性に戻っていた。
彼の恋が終わった。
もてあましていた気持ちを、彼はコントロールしはじめている。MR2が正しい軌道に乗って、さらに思うままに飛び立っていく感覚。
そんな彼の横で、小鳥は息を潜めるようにして、黙って傍にいる。
今夜、私はただ傍にいるだけ……。慰めるとか、聞き役になるとか、理解するとか、そんなんじゃない。やっぱり彼はまだ全然、小鳥が及ばない遠くにいる。
でも……そっと息を潜めて、傍にいる。彼がたった一人ではないことを、少しでも感じてくれていたらそれでいいから。