ワイルドで行こう
.リトルバード・アクセス《8c》
電話を切って翔に返そうとすると、彼は暗い瀬戸内を力強く遠くまで照らす灯台の明かりを目で追っていた。
遠い漁り火の夜海から、柔らかな夏の夜風が彼の黒髪を揺らしていた。
そっとその顔を覗くと、静かに微笑んでいる。それを見ただけで、小鳥の小さな胸が……いつものようにぎゅっと甘く締め付けられた。それはもう、ずっと格好いいと思っていたお兄ちゃんの顔だった。
今日の夕方は、パリッとしていたスーツ姿も、今はジャケットもなく、ネクタイもなく、クレリックのお洒落なシャツはくしゃくしゃで、シャツもスラックスもところどころ泥で汚れていた。
「……お兄ちゃん。汚れちゃったね」
指さして笑うと、彼もにっこりと笑ってくれる。
「あはは。似合わないことしすぎた。でも……この汚れているのが、俺は嫌いじゃない」
「ネクタイのお兄ちゃんも、格好いいよ。スーツの時、いつもそう思ってる」
似合わないというから、そうじゃないよと返したかっただけだったのに。それでも翔兄は微笑みながら首を振った。
「スーツなんて好きじゃないんだ。俺な……、龍星轟のあのジャケットを着られるようになった時の、あのとんでもない嬉しさは今でも忘れない。憧れだったんだ。まるでF1レーサーのチームの一員になれたみたいに。初めて社長を見た時も、すげえ格好いいと思った」
「面接の時?」
彼が首を振る。そして灯台のてっぺんでくるくる回る銀色の大きなライトを見ながら笑った。
「中学の時かな。時々、見かけていたんだ。社長のこと。がっちりしたスカイラインに乗っている、大人の男。俺の実家の近くの道をよく走っていたみたいで何度かみかけた。あんなにきめているスカイラインなんてなかなかないから、いつも一目で分かった。それに街中で見かけるかっこいいスポーツカーのほとんどが、あの龍のステッカーを貼っていた。それが『龍星轟』という店のステッカーで、生粋の走り屋なら必ずあの店に行くこともネットの口コミで知った。そして……。あのスカイラインの兄貴が、『龍星轟の経営者』で、走り屋野郎共のリーダー的存在の兄貴だってことも店のサイトで知った。面接でやっとその人に会えた時、やっぱり震えた。ずっと前から憧れていた……その人と働くこと。……諦められなかったんだ」