ワイルドで行こう
でも、小鳥は微笑んでいた。
この人のそんなところをずっと知りたいと思っていた。出来過ぎる優等生なお兄ちゃんの、もっともっと人間くさいところ。仕事で綺麗に保っている姿ではない、お兄ちゃんそのものの姿を、こうして知りたかった。
それをやっと見られた気がした。
「お兄ちゃん、いつの間にか生粋の龍星轟の人間になっていたんだね」
こんな車バカ。龍星轟じゃなきゃいられないよ。他の会社にいたって、この人はいつか龍星轟にやってきただろう。そう思った。
「うん、俺、龍星轟が好きだから……。だから、彼女もいつか俺の好きなものは理解してくれると思っていたんだけどな。だってさ。憧れの走り屋兄貴にやっと雇ってもらったらさ。その兄貴の嫁さんが、すごい品の良い奥様なのに、旦那が仕上げたフェアレディZのエンジンを朝一にふかしてぶっ飛ばして出勤するんだぜ。あれを見た時も『すげえ』と思ったよ。しかも、オカミさん。社長と出会うまで車には興味もなかったし、社長と出会ってやっと運転免許を取ったって聞いてさ。興味がない女を車で虜にしちゃうそんな社長、カッケエエてすごい興奮した」
母の話が出てきて、小鳥もつい笑ってしまう。本当にそう。フリルのひらひらブラウスが似合うお嬢さん奥様のママが、走り屋仕様の厳ついフェアレディZを乗り回す。でも今は琴子母だけの揺るがないスタイルとして定着して親しまれ、走り屋野郎の誰もが認める『龍星轟のオカミさん』になっている。
「あんなの見せつけられたら、頑張ったら俺だって彼女となれると思っていたんだよ。でも違った。やっぱりオカミさんだから……、社長とオカミさんの二人だからなれたんだなと分かった。通じ合えない男と女ではどうにもなれないとよく分かった」
羨ましいよ、社長が。そしてやっぱり社長はすごいよ。
翔兄がやるせなさそうに項垂れ、そこでやっと唇を噛みしめ泣きそうな顔になる。それが俺にはできなかった。瞳子と俺は、できなかった。難しかった。そんなヒリヒリと染みるような痛みが小鳥にも伝わってきた。
「お兄ちゃんっ」
そんな彼に、小鳥から抱きついていた。彼がびっくりして項垂れていた頭を上げ、少しだけ後ずさったのが分かった。
でも小鳥から抱きついて彼の背にしがみついていた。