ワイルドで行こう
「……暫く、人がこんなに温かいって。すっかり忘れていた」
そして小鳥も、もう力を抜いて彼の肩に頭を預けてしまっていた。
――初めて聴いた。お兄ちゃんの心臓の音。
微かに肌を伝って聞こえてくる鼓動。そっと目をつむって、小鳥は心の中だけで呟く。
いままで、この人の姿だけを追っていた。毎日傍にいても。遠く感じて、自分には釣り合わない人だと、もっと遠くに感じていた。
でも今、この人は怒ったり泣いたりするし、情けなく戸惑うこともあって、そして心臓がある生身の人だって実感できる。
それはもしかすると……。車ばかりいじってきた翔兄も、同じく、小鳥から『人が傍にいる』と実感してくれているのかもしれない。
「さあ。帰るか」
でも、すぐに離れていってしまう……。まだ一体感のない人。
小鳥の頭をいつものお兄さんの顔で撫でると、彼からMR2へと背を向けてしまう。
だけど、小鳥は微笑んでいた。これでいいの。これで。
お兄ちゃんの心臓の音、私の肌の温度。それさえあれば……私たちは、明日も一緒にいられるよね。
また明日から、毎日。一人じゃない、今日まで一緒にいた人たちと、また一緒にやっていけるよ!
暗い海を照らす灯台の光のように。MR2は再び夜道を明るく照らす方へと走り出す。
一体感ならここにあった。このマシンに二人一緒に乗っている時、二人はこのマシンと一緒に一体になっている。
そしてこのマシンは、もうすぐ小鳥のもの。この人が持ってきた想いごと、乗せてきた想いごと、引き継ごうと思っている。