ワイルドで行こう
「すごい。活気がありますね」
あの閑静な住宅地で育ってきたのならば、ここはきっと騒音の固まりに違いない。それでもスミレは楽しそうな笑顔をずっと見せてくれている。
小鳥も気を取り直し『そうだね』と微笑み返す。
いつもは事務所裏の勝手口から自宅へ向かうが、今日は事務所の扉を開けてみる。
そこには、事務に勤しむ二人の男。ネクタイでビジネスマン風の眼鏡をかけている専務と、泥と油に汚れた作業着姿で社長デスクで帳簿を眺めている父がいる。
その父が事務所の扉が開いて誰が来たかと確かめるために頭を上げたのだが、スミレを見るなりとても驚いた顔で立ち上がった。
「い、いらっしゃい?」
また何かあったのかと訝る父の目線が小鳥に届く。
「お祖母ちゃんのレエス編みを見せようとおもって、連れてきたんだ。彼女、手芸部なんだって。車にも興味があるて言うから」
「うわ! それは嬉しいな。いらっしゃい。菫さん! どうぞゆっくりしていってください」
父も名前を覚えていたようで、それだけでスミレが嬉しそうな顔になったのを小鳥は見た。
「先日はご丁寧に、自宅まで来てくださって有り難うございました。もう手は大丈夫です。両親も何も言いません、なので二度とお気になさらないようにしてください」
彼女が深々と英児父に頭を下げると、どうしたことか英児父が年甲斐もなく頬を染めてあたふたしているように見えてしまい、小鳥は眉をひそめた。
だけど、この様子をまたもや眼鏡の専務がだまーって眺めていたけれど、そこでついににっこり余裕の笑顔を見せると言いだした。
「ほんとだ。琴子さんに似ているね」
「武智、そういうこと今言うなよっ」
父が妙にスミレに照れているのは何故かわかって、小鳥は密かに鼻白む。ああ、琴子母と同じ匂いとか言っていたから、スミレからまた『女』を感じているのかと。
「うわー、香世ちゃんにも似てる気がする」
カヨって誰!? と、小鳥が思った時には、父が手元に積んでいた自動車雑誌で武智専務の頭を『黙れ』とはたき、武ちゃんは面白そうに笑っているだけ。当然、スミレはいい歳したおじさん二人の子供じみたやり取りに唖然としている。
「あー、ええっと、菫さん。ゆっくりしていってくれな」
「ごゆっくり~」
事務所の親父さん達への挨拶も終え、小鳥はそのまま一階の小さな一角に住まう祖母宅の玄関へ。