ワイルドで行こう



「間に合った。これ、忘れもん。祖母ちゃんが二階まで届けに来た」

 聖児が帰宅した時、二階に持ってきた鈴子祖母がうろうろしていたとのこと。足が不自由な祖母に何度も階段を上がり降りさせたくなかっただろう弟が引き受け、届けに来てくれたようだった。

「ありがとう、聖児」
「姉ちゃんのダチ? みたことねーな」

 近頃生意気な上から目線が、自分たちより小柄なスミレに注がれる。聖児が上からじいっと微笑みもせずに見下ろすのでスミレが怖がっているのがわかった。

 聖児のこういう態度がたまに誤解を招くのだが、実は聖児は人見知り。ぶっきらぼうに言い返してしまうのは、人見知りの裏返し、上手く気持ちが伝えられない不器用なところがある。

 いまがまさにそれ。小鳥はまたこれかと溜め息を小さくつきながら、弟に告げる。

「このまえ、怪我をさせちゃった二年の女の子だよ」

 すると聖児も驚いた顔をした。

「マジで? 今日はどういうなりゆき」
「彼女、手芸部なんだって。それで意気投合しちゃって、祖母ちゃんのレエス編みを一緒に教わることになったんだ」
「へえ、それで祖母ちゃんのところに忘れ物」

 聖児がそこで手に持っていた小さな薔薇模様のペンケースをスミレに差し出した。

「うちの姉が迷惑かけました」

 これまた微笑みもなくぶっきらぼうな物言いだったが、聖児は丁寧に頭を下げた。弟にまでそうされると、小鳥もまた情けない思いがぶり返してくる。

 そしてスミレは、恐る恐る、茶髪の無愛想な聖児から差し出されているペンケースを受け取った。

「いいえ。こちらの皆さんにはよくして頂いたから、もう本当にこれ以上は……かえって申し訳ないです。ですけど、弟さんまで……。本当にこちらの皆さんって、気持ちがひとつなんですね」

 下級生の弟にまで、彼女は丁寧な受け答えで丁寧にお辞儀を返してくれる。そんな彼女を、聖児がじっと見ている。

「おい、小鳥。GTR、持ってきたぞ」

 父に呼ばれ、小鳥はスミレを連れて外に出る。

 スミレが助手席に、小鳥は後部座席に乗り込み、エンジンを唸らせる父の運転で彼女を学校まで送った。
 


 英児父と帰宅して、二階自宅に戻るなり聖児に聞かれた。
 


 姉ちゃん、あの先輩、どこのクラス。
 

 聞きづらそうにしているけど、ストレートに尋ねてくる。遠回りは好きじゃない聖児らしいと小鳥は思いながら、『その予感』などなかった顔をすることにした。
 スミレの名前とクラス、そしてどんな家庭か小鳥は教えてあげた。
 

 その数日後だった。聖児が急に髪の色を元の黒髪に戻したのは――。

 

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