ワイルドで行こう
行ってきますと玄関を出て、一階事務所裏通路へと階段を下りる。
今日は土曜日。朝から龍星轟は休日で集まる顧客を迎え入れる準備で忙しそう。あまり邪魔をしないように……と思い描きながら、暗い通路から裏口を出ようとしたら。
「おう、琴子。今日はどこか行くのか。仕事か」
そう呼ばれ、小鳥はびっくりして振り返る。
龍星轟ジャケット姿の矢野じいがそこにいた。
「お、お、お前。小鳥かっ」
矢野じいも小鳥の顔を見てびっくりしている。
「そ、そうだよ。私だよ、小鳥だよっ」
でも、どうして間違えられたのか。驚き顔を見合わせている小鳥も矢野じいもわかっている。
「おめえ。後ろ姿が琴子とそっくりになってきたな」
「そっかな。お母さんに似てきたなら嬉しいな」
近頃、昔ながらの顧客のおじさんや、整備の兵藤おじさん、清家おじさんにもたまに言われる。『若い頃の琴子ちゃんに雰囲気がそっくりになってきた』と。後ろ姿なんてドキッとすると言われると、小鳥も嬉しくなってしまう。
今日はついに、矢野じいまで……。
それでも絶対に間違えない人が二人いるんだよね。と、小鳥は男二人を思い浮かべる。きっとその二人は、もし小鳥と琴子母がほんとの双子姉妹として生まれても、見分けてしまうんだろうなと思うほど。
矢野じいにも今日は隣県の『高松と坂出の瀬戸大橋まで行くんだ』と伝えると、『気をつけて行ってこいよ』と見送られる。
事務所の前を通って、ガレージまで。隣のピットは父を始めとする整備士が全員作業をしていて、整備フル回転と忙しそう。それを横目に、小鳥はガレージに向かい……愛車……。
「な、ない!」
父と母、そして娘の愛車が並べてあるガレージ、そこを見て小鳥は驚愕する。
ない! 私の愛車がない!!!
その次に直ぐに浮かんだのは『またか』だった。頭に血が上り、小鳥は隣のピットへ駆け込んだ。
何台も並べられ整備されている車の中に、青い愛車があった。しかも触っているのは、英児父!
「父ちゃん! また勝手に触ってる!! 私、今からそれに乗って出かけなくちゃいけないのに。なんで勝手にいじってるのよっ」
だけれど、英児父は『こんなこと当たり前』と言わんばかりの険しい顔でこちらを見たので、愛車の主である小鳥の方がビクッと固まった。
「うっせい。おめえ、よくこんな状態の『エンゼル』で走り回っていたもんだな」
――『エンゼル』。
父はあの青いMR2をいつの間にか、そう呼ぶようになっていた。雅彦おじさんが、小鳥だけのステッカーに『エンゼル』を描いたことが由来している。