ワイルドで行こう



 そんな小鳥の愛車、青いMR2はエンジンルームをガパッと開けられ、ノートパソコンで繋がれ、チューンナップの真っ最中。とてもじゃないが、今すぐやめてくれと言えない状態にされている。

「今日じゃなくてもいいじゃないっ。昨日、言ったよね。私、今日、その車で友達と出かけるんだって」

 するとそこでは、英児父が少し申し訳なさそうに表情を緩めたが、直ぐに思い直したようにして元の鋭い眼光をこちらに放ってくる。

「この車を運転したけどよ。エンジン、ぜんぜんダメだわ。おめえ、こんな状態で今日は高速を走るのかと思ったら、やっぱ我慢できねえっ」

 この車を運転した??

「またいつの間に、私の『エンゼル』に勝手に乗ったのよっ」
「まだ俺名義の車だ。俺のもんだ」

 うっわー。それを言うっ。

 まだハタチになっていない小鳥がそれを言われたら、ぐうの音も出ない。
 でも、小鳥はここでぐっと我慢。だって、だって。『ハタチまであと少し』だから。

 拳を握って弱い立場であることをぐっと堪えていると、英児父が整備手袋を外しながらやってきた。

「悪かったよ。でもよ、ちょっと前から気にしていたんだよ。なのにお前、いつもどこかへこれに乗って出かけちまって。全然、整備する暇がなかったからよ」

 確かに、小鳥は大学生になってからとても忙しく過ごしている。家にいることがほとんどないかもしれない。

「バイトも忙しいんだろ。お前、整備士を目指している訳じゃないんだからよ。本格的なところはプロの父ちゃんにやらせてくれねえか。龍星轟のステッカーを貼っている以上、ましてや、たった一枚しかないお前だけのエンゼルステッカーを掲げて走っているんだからよ。俺の娘がこんな車で走っているだなんて我慢できねえんだよ」

 エンゼルは龍星轟の娘の車。走り屋の男達から見れば、娘の車は、龍星轟社長の車であることは同然と見られる。それは小鳥も夜の道を走っているとよく感じる。だから。

「うん、わかった。……その、ほんとは、有り難う……」

 車は好き。タイヤ交換とかオイル交換やエンジンルームの管理とか、ある程度は自分で出来る。だけれど、小鳥の夢は『車屋』ではなかった。いまは『小鳥が選んだ夢』に向かって出来る限りの準備を始めているところ。




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