ワイルドで行こう



 小鳥の今の『アルバイト』は、それに通ずる職種だった。
 父と母もそれを受け入れて、応援してくれている。
 整備士を目指して頑張っているのはむしろ弟の『聖児』。

 だから車の手入れは自分で出来ても、エンジンや足回りの完璧な調整は、やはり父任せになっていた。それは感謝している。父が触ると、断然、走りやすくなるは確か。

「出かけるなら、どれでも好きな車に乗っていけ」

 それを聞いて、小鳥はびっくり目を見開いて父を見上げた。

「ど、どれでもって」
「事務所から好きなキーを持っていけ。そのかわり、事故ったり、ぶつけたりしたら、免停同様、暫く車に乗せねえからな」

 それってつまり、つまり!? 小鳥はさらに念を押すように聞いた。

「ハ、ハチロクでも?」

 大学生になってやっと車の免許を取れた後、何度か父の隙を狙ったことがあるが、どれもこれも阻止され絶対に叶わなかったハチロク乗車。まさか、それも?

「ああ、いいぞ。俺のスカイラインでも、琴子のフェアレディZでも、ハチロクでも、シルビアでも、GTRでもなんでも乗ってけ」
「ほ、ほんとに、ほんとに!?」

 と言いながら、小鳥はもう事務所の社長デスク背後にあるキーラックへと走り出していた。
 事務所に駆け込んで英児父のキーラックへ、一目散。当然! 憧れのハチロクのキーを……!

 だけど、そこで小鳥は手を止めた。
 二年早く生まれただけで、俺より先に乗れるのは不公平だ。
 そんな弟、聖児の声が聞こえてしまった……。

 グッと堪え、キーを取ろうとした手を引っ込める。いや、こんな機会滅多にないよ、これからも父ちゃんは乗っていいとは滅多に言ってくれないかも。そんな小鳥の葛藤。

 でも。小鳥は、ずっと憧れてきたからこそ、弟の気持ちもよくわかってしまう。二人一緒に憧れてきた親世代往年の人気車。

 ――聖児が免許を取ってからだって乗れるかもしれない。

 それからでも、いいのではないか。ついにそのキーを取ることが出来なかった……
 

 ガレージから小鳥はその車を運転して出し、ピットから出てきた英児父に何を選んだか見せる。

「小鳥。お前、ほんとにそれでいいのか」

 小鳥は『銀色の車』から降りて、英児父の前で呟く。

「うん。お母さんのゼット、今日は借りていく」

 唖然としている父の顔。たぶん『どれでも』と言いながらも、『ハチロクに乗っていけ』という無言の許可だったのだろう。そういうチャンスを与えてくれていたのに。






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