ワイルドで行こう
「あのな。俺もちょっと目の毒」
見下ろした彼の指の先は、首元ではなく、ボタンを外して開いている襟と襟の間。そこから見える素肌だということに小鳥も気がついた。
小鳥の目線からでも、白い乳房の谷間がほんのり見える。
ということは? もっと背丈がある翔兄にも、父親からも、見えていた?
やっと小鳥もハッとした。
「だ、だって。雅彦おじさんが。シャツを着ればお前は、いつも首元までぴっちりボタンをとめやがって……、ボタンをはずして程よく着崩せって教えてくれたからっ」
第二ボタンまで開けていた。鏡で正面から見た時はそんなに開いていないと思ったのに。上から見ると、男性の目線からだとそう見えるということに初めて気がつかされる。
「それは本多マネージャーの前だけにしておけ。……まるいのふたつ、けっこうあるんだから。自覚しろよ」
そういって。小鳥の胸元に翔の指先が触れる。ボタンをひとつ、ふたつ。優しく静かに首元までボタンをとめてくれた。
「どっちかというと。俺的には、こういうキッチリしちゃう小鳥の方が、……らしいんだけどな」
「お兄ちゃん……」
お洒落に着こなさなくても、それが小鳥。そう言ってくれる男の人。そして肌を守るように、ボタンをとめてくれた指先。
こんな、この人が好き。今も好き、ずっと好き、もう大好き。どうしたらいいの? 抱きつきたい。
ずっとこんな衝動と小鳥は闘っている。なのに翔兄は……。
「今日、高松に行くなら帰りは夕方以降だな。そうなると、小鳥も疲れているだろうから今夜は無理か」
「うん。明日はバイトだから。今夜はでかけない」
「じゃあ。俺の休日前夜。仕事が終わった頃、ダム湖で」
なにげなくさらっと伝えると、翔兄はすぐさま小鳥から離れピットへと戻ってしまった。
夜、落ち合う約束。だからって、男と女として約束しているわけじゃない。
ただ一緒に走っているだけ――。
MR2とスープラを並べてどこまでも走る。
そんな、ありきたりな『走り屋仲間』。
時には互いの車に乗って一緒に。時には翔兄が英児父のように運転を見てくれたり。もし、小鳥が助手席に乗ってでかけるというならこの時、この人の運転の時。そしてあとは父が運転する時だけ。
大学生になってからずっと。翔兄が夜を一緒にと誘ってくれるようになった。夜は彼と一緒にいることがほとんど。
それは嬉しく。そして、楽しくて。愛しい人との二人だけの時間。でも、もどかしい日々。