ワイルドで行こう
それでも小鳥はスピードを落とさなかった。
私は私のスピードで、あくまでも自分のために前に行く。
そして今日は一人で行くと決めてきたから。
前を見据え、小鳥もハンドルをぎゅっと握り直す。バタバタと気流が入り込んでくるウィンドウを閉めると、小鳥は制御していたアクセルをグッと踏み込む。
距離を縮めていたスープラを振り切るように、青いMR2が加速する。また引き離され、彼の車がバックミラーから消えた。
ただ見据え、小鳥はハンドルを握り、アクセルを強く踏む。暗い運転席に浮かび上がるメーター。赤い針が徐々に右に傾いていく。
いつも前を走っていたのは、歩いていたのは、彼の方。小鳥はいつだって追いかけてきた。
でも今夜は違う。彼が小鳥を追いかけている。そして小鳥は引き離そうとする。
わかっている。これは本意ではない。でも、私の願い。
『来てよ、追いついてよ。そして、どうして追いかけてきたのか教えて』
――私を捕まえて!
窓を閉めていても、その音が小鳥の背後に迫ってきた。
もうバックミラーに映ったかと思うと、あっという間にMR2の背後に追いついた。
車線変更をした白いスープラが、青いMR2と並ぶ。運転中に会話は交わせない。だけど、いつも二台で走りに出かけた時、小鳥と翔は運転席からの目線で会話をした。
その目が少し怒っていることに小鳥は気がついた。『俺に何も言わないで消えた』とでも思ってくれているのだろうか?
それはそれで、探しに来てくれて嬉しい反面。『なんでもない仲なのに、なんでお兄ちゃんにいちいち行き先を報告しなくちゃいけないの』という憤りもある複雑さが入り交じる。
そんな小鳥の苛みなど知ってるのか知らないのか。もうすぐインターチェンジだという標識が近づいてくるところで、翔兄はいつもの横顔でそれを指さした。
つまり『ここで降りるぞ』という指示? それとも『ここで降りるんだろ。俺も降りる』と……判ってくれているのか。
隣にピタリと並ぶスープラは、小鳥が選んだスピードにきっりち合わせ寄り添い走っている。高速の直線もゆるやかなカーブもそっくりそのまま、真横に繋がれているように並んで走る。
これでも小鳥はけっこう集中して前を見て走っているつもりなのに、ふと横目で見るスープラの運転席にいる男は、これまたいつも通りの余裕の笑みを浮かべているのを見てしまう。
なんでも余裕。まだ未成熟な小鳥より、なんでも余裕。そんなちょっと憎たらしい横顔。……なのに。同じ前を見て、同じスピードで、ぴったり隣に寄り添って、どこへ行こうかもちゃんと判ってくれていて、どこまでも、どんな時も、彼は隣にいた。
これって。もしかして、彼の答え?
そう思っても良い?
そんなふうにぼんやりとしか感じられないことが、もう限界。
だから『決意』しようと思う。ハタチの前、今夜、岬で。