ワイルドで行こう
しかし小鳥の一方通行。それでも、あの後もこの岬には彼と何度も来た。
ひばりが鳴く春の灯台も、遠くまできらきらと青い輝きを放つ夏の海も、短い日暮れに紅く染まる秋の海も。そして、白い息が夜空に映える冬の、今夜も。何度も彼と一緒にその風を感じてきた。
瀬戸内の向こうの向こう、九州が見えてしまうのではないかと思うぐらいに煌々と波間を照らす灯台の光が、果てなく夜海を照らしている。翔はそれを暫し眺めている。本当なら小鳥も彼の隣でそれを感じたい。
そして今夜はそれを感じたくて来たはずなのに。小鳥の身体は運転席から動こうとしなかった。
――決めてきたのに。一人なら『ハタチになったら彼に伝えよう』そう決めるために。二人なら『今夜、伝えよう。ダメでも伝えよう』そう決意するために。
その気持ちを、あの灯台に照らしあてて欲しかったのかもしれない。
なのに。小鳥は駐車場の暗闇に一人、今まで居座っていたそこから動けなくなっている。
やっぱり怖いんだ、私? 自問した。
「椿さんが終わっても、夜はまだ寒いな」
椿神社の祭りが終われば冷気が緩む、春を告げる祭りとこの街の人の言葉。日中の日射しはすっかり温かくなってきたが、夜はまだ白い息が出る。
冬のコートも羽織っていない、龍星轟ジャケットだけの翔兄。白い息を吐きながら、運転席から降りてこない小鳥のもとに戻ってきた。
彼が訝しそうに小鳥を見下ろしている。
「どうした。なんか変だな」
小鳥は言い返さなかった。彼がそれでも小鳥の言葉を待っていてくれる。息が詰まりそうだった。
「コンビニで夜食を買っておいたから、俺の車まで来いよ」
「うん」
これもいつものこと。どちらかが『夜食』を準備して、どちらかの車で一緒に食べて話をする。
「少し疲れたから。仮眠を取ってから戻ろう」
「うん」
これも。たまにあること。どちらかの車で一緒に仮眠を取る。だからといって身体に触れ合ったことなど一度もない。無事故の健全なドライブを守るために必要なこととして割り切っている。
お互いに運転席と助手席で、一時間から二時間ほどの仮眠を取る。今まではそれだけでも小鳥は嬉しかった。あのお兄ちゃんと一緒にいることが、こんな時も彼が小鳥を隣に置いてくれていることが。
「ほら。温かいレモネード」
「ありがとう」
彼ももう、小鳥のことをなんでも知っている。何が好きで、嫌いか。小鳥の日常にあることは、良く把握している。
彼は家族に近い。父の部下であって、一家が住まうそこが職場。つねに上司の家族が寄り添う日々を共にしてきた『お兄さん』。
妹のように、よく知ってくれていることは当たり前……。それが彼であることが嬉しい時もあり、今夜のように『お兄ちゃんは、家族のようなお兄ちゃんではないのに』と、もどかしい時も幾度もあった。