ワイルドで行こう
彼は後部座席からスポーツ観戦でよく見かける長いベンチコートを手にしている。
「毛布だけだと寒いから、これも着たらいい」
それを手にして小鳥の目の前に。毛布を抱えている小鳥にそっと背中から羽織らせてくれる。
「お兄ちゃんは。お兄ちゃんも薄着だよ」
だけど彼は笑って、後部座席から同じコートを手にして小鳥に見せた。
「大丈夫。俺の分もある」
俺の分もある。かえせば、『小鳥の分もちゃんと一緒に準備した』ということ。
「仕事用のティシャツをスポーツ用品店に探しに行った時に見つけたんだ。いいだろ。どこにドライブに行っても、肌寒かったらこれを羽織ればいいし。これもトランクの中に常備しておこう」
「……私の分も、買ってくれたの」
「……それが?」
ドライブに行く時は『彼女』と一緒。だから何かを準備するなら、必ず『ふたつ分』。それが当たり前になっている? 男同士で走るだけなら、彼等は自分のものは自分で用意するだけ。だから、これは……。
「冷えるだろ。早く入れよ」
「う、うん」
苛ついていたものが、こんな時に流れていってしまう。
今回だけじゃない。この二年、こうして小鳥の苛立ちがマックスに達しても、『俺はドライブではない時でも、小鳥のことを、いちばんに思い浮かべている』と感じさせてくれる彼のささやかな想いに触れてしまうことが多かった。
だから。スッとわだかまりがとけて流れ『私もお兄ちゃんのこと、いつだって考えている。好き、大好き』という穏やかな気持ちに落ち着いてしまう。
車に入り、彼がエンジンを切る。ヒーターの暖かさが残っている中、新品でお揃いのベンチコートを二人ではおり、その上から毛布にくるまった。
「二時間後でいいな」
「うん」
「寒くなったら、我慢しないで言えよ」
「わかった」
彼が携帯電話にアラームをセットする。
「おやすみ」
「おやすみ、お兄ちゃん」
シートを倒し、それぞれ毛布にくるまり、そして背を向け合い横になる。