ワイルドで行こう
彼の、一日の疲労を落とすかのような深い溜め息が聞こえる。
彼が眠る前にいつもするひと息だった。
それが聞こえると、数分後には彼の寝息が聞こえてくる。寝付きがいいほう。日中はめいっぱい集中して仕事をこなし、休む時はことっと電池が切れて寝てしまう。そんな切り替えが身体に上手く染みついているようだった。こうなるとなかなか目覚めないことを小鳥はもう知っていた。
あーあ。さっき『私の分も準備してくれていたの。ありがとう。お兄ちゃん大好き』て、あの雰囲気の時に言えば良かった。何故言わなかったの。そういう決意で来たんじゃないのっ
どうしても一歩進めない自分と、余程の決意で一人ここまで来たのに結局いつもと同じ状況に甘んじた自分を叱咤している。
もう、一生。彼に歩み寄れないのではないかという絶望にも似た喪失感が襲ってくる。
だめだ! 小鳥はぐるぐるにくるまっていた毛布をはね除け、一人起きあがる。
静かな岬の真夜中。動いて見えるのは灯台の光だけ。運転席で横になって眠っている彼の背をみつめる。そして息を潜め、小鳥はそっと翔の顔を助手席から覗き込んだ。
すっかり寝入っている彼の顔。ずっと見てきた横顔。近くにいるのに遠かった人。小鳥はやっと自らその頬に指先を伸ばす。
そして、ついに。その指先の傍に、ちいさいキスを落とした。一瞬だけ。
こんなことが出来るんだから、彼が目覚めたら、今度こそ、今夜の決意である『好き』が伝えられるはず、言えるはず。
そう唱えながら、静かに助手席に戻った時だった。
「……あと、何日だ」
彼の声がして小鳥はびっくり飛び上がりそうになった。運転席を見ると、彼も静かに毛布をのけて起きあがっている。
嘘。起きていた? え、じゃあじゃあ、いまの私のキス、私がこっそりしたはずのキス!
どうしてキスをしたか、彼はもうわかっている?
※リトルバード・アクセス《12a》に続きます※