ワイルドで行こう
「小鳥。男……、怖くないのか」
もう胸がドキドキ、大きく脈を打っていた。そして小鳥の指先は震えている。
怖い? 怖いんじゃない。初めて男の人に触れられて、とても緊張している。
「男って。お前が思っている以上に、乱暴だったりするんだ。わかっているのか。それとも、もう……?」
「ら、乱暴って? お兄ちゃんはそうしたいの? 手荒くしたいってことなの? 優しくできないってことなの? でも、そういうものなんでしょ。男の人が望むままに女の人に触るって……」
真面目に返すと、翔兄が目の前でちょっと面食らった顔をした。
そして、すぐにくすっと小さく笑い出してしまう。
「なに、なにかおかしかった?」
「あ、いや。うん……、そのよくわかった」
「よくわかった?」
思い詰めていた眼差しが、よく知っている落ち着いている優しい目に緩んだ。そして彼もほっとひと息つけたかのように笑っている。
「……馬鹿だな、俺。だよな。小鳥が、男のこと知っている訳がないよな。だってお前は、どこまでも純粋でまっすぐな親父さんにそっくり。自分の思い通りにならないからと、他に寄り道なんて遠回りなんてしているはずなんか……」
「え、何が言いたいの?」
きょとんとしている小鳥の頬を、彼が優しく両手で包み込み、じっと小鳥の目をみつめてくれる。
「お前の、その、まっすぐなところ。何年もブレずにまっすぐなところ。俺……怖かった。俺なんかに幻想を抱いているだけだって。本当の俺を知ったら幻滅するに違いないって。俺の何を知っている? 年が離れている小鳥から見れば、なんでも出来るように見えているだけで、実際はそんなんじゃない」
「知ってるよ。二年前、この岬で落ち込む翔兄を見て、もっと好きになった。真面目で、どんなことにも真剣で、実直。だからカーブのように上手く曲がれなくて、直進しちゃって壁にぶつかっちゃう。頭良く要領よく余裕でこなしているわけじゃない。だから、お兄ちゃんも完璧じゃないんだって知ることが出来た。がっかりなんてしなかった。私、あの時も翔兄を抱きしめたかった」
やっと素直に口に出来た時、小鳥ももう、彼の目を真っ直ぐに見つめ返していた。
「あの時、初めて思った。どんな時も、翔兄のそばにいたい。隣にいたい。アナタが痛いと思ったこと、一緒に痛いと思いたい。アナタが泣きたい時、一緒に泣きたいって。それほど、好き。ずっとずっと好き。前よりもっと好き。今も好き、翔兄が好き。大好き」
溢れる想いを、そのまま口にした。
彼の顔がちょっと困っているように見えた。呆れているようにも見える。やっぱり、こんなストレートはだめ? 重すぎる?
だけど次には彼が嬉しそうに微笑んでくれた。にっこりと、あの八重歯の笑みを見せてくれる。
「小鳥。ありがとう」
小鳥の頬に触れている手の指先が唇に触れた。その指が軽く小鳥の顎を、彼の方へと誘っている。それが何を求められているのかわかって……、ついに小鳥は自ら目を閉じて答える。
まつげを震わせながら待っていると、唇に温かく柔らかい感触がすぐに落ちてきた。
優しく重ねてくれるだけの、そして、それは小鳥にとっては初めての口づけ。