ワイルドで行こう
まただ。また、ガレージに『エンゼル』がいないっ。
もう呆れてしまい、小鳥は父親に抗議もせずに、そのまま事務所へ向かう。
「武ちゃん……。今夜もお母さんのゼット、借りていくね」
事務所でひとり仕事をしていた武智専務に、『父ちゃんと言い合うのも馬鹿馬鹿しい』とこぼしながら、社長専用キーラックに向かっていた。
「あれさあ。実はちょっとした親父の意地悪かもしれないね」
眼鏡の専務も溜め息をこぼしていた。
「意地悪? なんのこと」
聞き返すと、武ちゃんがどこかに出かけようとしている小鳥をじいっと、眼鏡の顔でみつめる。
「聞いていいかな。その指輪、どうしたの」
聞かれて、小鳥はハッとする。……というか、指につけている以上隠しようもない。だけど、家の者にはあからさまには『まだ』告げられない。
「べ、別に。バイト代から買ったんだよ」
嘘だった。小鳥自身、自ら買ったアクセサリーはシンプルなピアスぐらいしかない。
そして武ちゃんも『へえ』と意味深な微笑みを見せる。
「じゃあ。おじさんから言っちゃおうかな」
やばい。このおじさんの観察力には、誰も敵わないことを小鳥は良くわかっている。
「翔の首にも、似たよーな指輪がちょっと前からぶら下がっているんだよねえ……」
あーん。やっぱり武ちゃんの目は誤魔化せなかった! 小鳥はついに降参する。
「ハタチのお祝いに。お兄ちゃんから……」
「お祝いに? ふうん、指輪だけじゃなく、お祝いに女にもなっちゃったってわけ。ついに」
「お、お父さんも、じゃあ、知っているってコト?」
そこまで見抜かれたので、小鳥は英児父も気がついているのかと焦った。
『意地悪』の意味を、小鳥もやっと知る。エンゼルに乗って夜な夜などこかに出かけては、帰りが遅い。イコール、『男と一緒』。しかも『俺の部下、かもしれない』。そう思って、小鳥が出かけにくくなるよう、車を出せないようにしているってこと?
だが、武ちゃんが首を振る。
「いやいや。相手が翔だとは……はっきりとは確信していないみたいだね。でも小鳥が『誰かに夢中で、指輪をしている』ことは気がついている。翔だと疑っているけど、タキさんは翔が指輪を身につけていることも気がついていないし、そこは翔の方が上手だね。部下としての顔をきっちり守っているから、親父さんも信頼している部下だけに、余計な詮索をして厭な親父になりたくないと……そんなところ?」
「少しずつ自然に知ってもらえればいいよね……って、彼と……」
別に英児父を騙しているつもりはない。だけど、まだつきあい始めたばかりなのに『今日から二人でつきあいます』なんていちいち報告するのも変――。ということで、いつのまにか気がつくような自然な形でいいのではということにしていた。
そして、そこは武智専務の方が笑って受け入れてくれる。
「うん。おじさんも、それでいいと思っている。まあ、でも。龍星轟の空気が変なことにならないよう、ちょっとそこの事実は押さえておきたかったんだよね。わかった。親父さんのことは心配しなくていいよ。おじさんが、父ちゃんと翔のことは見ておくから」
「あ、ありがとう。おじちゃん。お願いします」
きちんと頭を下げて御礼をいうと、そんな馴染みのおじさんが、感慨深げに眼鏡の顔で小鳥を見つめている。
「……長かったな、小鳥」
誰もが知っていただろう小鳥の長い初恋。それが叶った。それをそっと祝福してくれている。
「うん」
照れくさくてそれ以上は何も言えず、小鳥はさっとフェアレディZのキーを握った。
「アルバイト、行ってきます」
「いってらっしゃい」
眼鏡のおじさんに笑顔で見送ってもらい、母の車のキーを片手に事務所を出た時だった。
小鳥が出てくるのを待っていたかのように、青いMR2がさっと滑り込んできた。キッと停車したその運転席には、英児父。
父親がふてくされた顔で、運転席から降りてきた。