ワイルドで行こう



「彼女、水くさいんです。既にご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、彼女は少し前にお父様を亡くされ、翌年にお母様が倒れて生死を彷徨ってなんとか助かったものの、身体に後遺症を抱えて、姉弟もいない彼女が働きながらひとりで面倒を見ていたんです。お父様が病気になられた時も、私達はあとで知りました。『大丈夫だろうか』と気にかけてはいたんですが、彼女はいつも『手術もしたし大丈夫』とか『ちょうど退院して家に戻ってきたところ大丈夫』とばかり。闘病生活も長く続いて、でもそうしてなんとか過ごしているようでしたし、私達も育児に気を取られがちで彼女の言葉のまま安心していたら、やっときた彼女からの連絡が『お父様が亡くなった』でした。お母様の時も同じです。その時はすでにお母様が後遺症を抱えて退院されていた時でした。彼女、なにも言わないんです」

 ついに会場がシンとしてしまった。ざっくばらんとしてなんでもあり無礼講的なパーティーだが、やはりこういう話は避けた方が良かったのか。だがそれは紗英も、琴子先輩にとって避けて通れない話だとは思っている。

 会場が静まりかえっても、絵里香先輩は続ける。

「ですから、私達からご主人になられた滝田さんにお願いです。どうぞ、琴子から目を離さないでください。彼女は大切にしたい人ほどなにも言わない性分です。きっとお母様にも愚痴ひとつこぼさず、付き合っていたはずなのです。滝田さんにまでそんなことをしそうで心配しています。どうぞよろしくお願い致します」

 絵里香先輩が静かにお辞儀をすると、不思議と周りにいる先輩も、紗英の同級生も共に頭を下げているではないか。そして紗英も同じ気持ち、だから先輩と彼女たちと同じ気持ちで礼をした。

「琴子、結婚おめでとう。みんなで祝える日を待っていたんだよ。本当によかったね。お願いだから、もうひとりで抱え込まないで。私達、優しい貴女には助けられてばかり、当たり前のように甘えてばかりで気が付かなくて。だから琴子から甘えて欲しいの。私達には出来なくても、滝田さんにはしてよ。ね」

 そんな絵里香先輩の言葉に、琴子さんじゃなくて、周りの先輩に後輩が泣き始めちゃったりして。これでは流石にヤン兄達も変に盛り上げようと茶化せないようだった。

 そんな時。滝田社長がもう一つのマイクを持っている武智さんに合図。気がついた彼が社長にマイクを手渡した。

 滝田社長が琴子先輩を傍らに、マイクを持つ。

「ありがとうございます。俺が彼女に初めて会ったのは、彼女の実家近所の煙草屋の前でした。彼女、徹夜と残業が続いてだいぶ荒れた姿でそこに立っていたんです」

 急に始まった滝田社長の出会い話。紗英は琴子先輩からいろいろ聞かせてもらったので(無理矢理聞きだしたとも言う)知っているのだが、初めて聞いた先輩達が『え、琴子が煙草?』と驚いている。




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