ワイルドで行こう



「勿論、一目で煙草を吸っているような女性に見えなかったから、俺『そこさっさとどいて帰りな』という気分で、こんな男ですから第一印象悪かったのでしょう。彼女、怖がった顔で買わずに離れてくれてホッとしたぐらいです」

 その時が琴子先輩のいちばんどん底の時。彼と別れたばかりで、仕事と家の往復の毎日、安らぐはずの実家は空気が重く暗く。そんな中の滝田社長との出会い。

「次に彼女と出会ったのは、彼女がお母さんと一緒に食事に来ていたところででした。お母さんが転んでしまって、お母さん自身ももう疲れ切っていたのでしょう。琴子の手添えがあってももう立てないといった様子で……。彼女はその傍でどうにもできなくて立ちつくしていたんです。それで、俺が、見つけたので、久しぶりに会ったので、」

 そこで滝田社長の方がなにやら声に詰まって、黙り込んでしまった。逆に琴子さんが彼の手をしっかり繋いだりして、そんな彼を黙ってじっと見つめている。それを見ただけで紗英も胸が詰まってしまうほど。

 やっと滝田社長がマイクを握り直す。

「こんな俺のためにも彼女はぐっと堪えてくれた時があったんです。ご友人の皆さんの言葉、俺もよく分かります。うっかりしていると琴子に甘えてしまいそうになるほど、彼女は優しいです」

 うん、そうそう。琴子先輩ってそういう人――と、紗英も泣きたくなってくる。

 この気の強い性格のせいで、周りの人間とはよく衝突してきた。なので時たま孤立する。そんな時も、話を聞いてくれたのは紗英が頼ったのは琴子さんだった。

『紗英ちゃんの意見も正しいけれど、でも、もう一度、お友達が言うこと聞いてみて、紗英ちゃんがそれをやってみるってどう』
 友達に返されると腹立つのに、琴子さんに言われるとなんだかすんなり聞けた。言われたとおりに一歩引くことをしてみると、衝突した友人とはうまく仲直りが出来た。

 だから。そのお返しに今度は紗英から、わざと琴子先輩の話は深く突っ込むことにしている。喋ってくれるのを待つのではない、こちらから引き出すようにしようと……。

 そしてそれはきっと滝田社長も気がついてくれているはず。そうでなければ、琴子先輩が『とっても居心地いい人』なんて言うはずないから。

「なので、ご安心ください」

 そういった滝田社長が傍で手を握りしめてくれた琴子先輩を見下ろした。

「俺が、琴子が一番最初に泣ける男になろうと思っています。琴子、お前も俺に黙って他で泣くんじゃねーぞ。黙って泣いていたら承知しねえからな」
 社長がそういった途端だった。それまで静かに微笑んでいるだけだった琴子先輩の顔が泣きそうになり、そのまま『はい、英児さん』と彼の腕に顔を埋めてしまう。

 そして社長も……。そんな彼女の肩をそっと抱き寄せて……。

「ですが。俺はこのとおり、ざっくばらんとしすぎた男です。女性の繊細で柔らかいところは、いままでどおり、女子会の皆さんにお願いしたいと思っています」

 そこで話し合っていたわけでもないだろうに。夫妻が揃って『今後もよろしくお願いします』と、絵里香先輩やその女子会グループにお辞儀をした。






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