ワイルドで行こう
「そうだ。これ、武智に渡しておく」
滝田社長がスーツジャケットのポケットから出したものを見て、紗英は驚
く。そして武智さんも。
「なんでそれを、またタキさんが持っているんだよ」
それは先ほど大騒ぎをして滝田社長が外したピンク色のガーターベルトのリングだった。
「あいつらが『独身男じゃないと意味ないだろ。武智に渡しとけや』っていうからさ」
「えー! なんで俺なんだよ! 俺はいいって!」
あんなにふざけていたのに。あの悪ガキ兄貴達、きちんと趣旨通り、最後は滝田社長に一番近い『独身男』へ渡るように配慮してくれていたと知り、紗英はなんだか感激。
あの人達て、そういう人達――。ふざけて悪さはするけれど、仲間意識は強い。紗英も痛感。
「馬鹿だな、武智。お前が俺に『誰かにやらないと幸せになれない』って煽ったんだぜ。俺と琴子の幸せを願ってくれるならもらってくれよ」
「私も武智さんがもらってくれたら、嬉しいな」
琴子さんのにっこりに、やっと……武智さんが『しようがないな』とばかりにベルトを手に取った。
「もう、ふたりの幸せのために、俺が永久保存係かよー」
自分が提案したくせに、そんな口悪を言う武智さん。でも滝田社長と琴子さんはいつもの彼だとわかっているのか笑っている。
「そうだぞ、武智。赤ん坊が生まれたら、ヘアバンドとペアになるんだからな。大事に保管しておけよ。なにか起きたらお前のせいにしてやる」
滝田社長にとっては、ひやかしのイベントをされたところだっただろうが、ここでしっかり仕返しをしているようだった。
「お前の結婚式の時も、俺が嫁さんにベルトをはかせておくからよ、楽しみに待っておけよ」
「うわ、脅すのかよ。タキ兄ったら」
「つうかよう、俺が困る顔を見て一番楽しそうなのは、いっつも武智、お前だもんな。こんなこと『提案』したのはお前だろ」
だから今度は俺が同じように仕返ししてやるんだ――とムキになっている滝田社長。
それでも結局。武智さんが『俺は絶対やらない。嫁さんにも引き受けるなっていうんだ』と余裕の笑顔で言い返して、また滝田社長を怒らせている。
そんなふたりを見て、琴子さんが苦笑い。
「英児さんって、いじられ兄貴なのよね。特に、頭がいい武智さんに余裕で転がされているっていうか……。あのお兄さん方を武智さんが統率してやったことなら、英児さんもひとたまりもなかったのもしようがないわね」
それでも、いまでも高校生の少年のようにふたりでどつきあっている姿を見た琴子さんが笑っている。
「あちらも、なんとなく兄弟ってかんじなのよね」
兄達とは歳が離れた末っ子の悪ガキ、でもだからこそ憧れの兄貴になろうと頑張ってみる。片や、思春期に過度の干渉と期待を背負って最後に爆発しちゃった長男。だからこそ頼りがいのある兄貴に、気兼ねない物言いをさせてもらって甘えているのでは……。琴子さんはそう言いたいのだろうなと、いろいろな話を聞かせてもらってきた紗英も思う。