ワイルドで行こう
「そうだ。これは出来たんだよ」
一枚の画用紙を手渡される。
そこにはジャムのラベルが数枚。
「素敵。これ、二宮果樹園の新商品、ハチミツ夏みかんの瓶ラベルね」
「そう。カネコおばあちゃんが俺が作ったヴァレンタインのギフトボックスを気に入ってくれ、またデザインして欲しいと指名してくれただろ」
「私たちの地方だと、すぐに伊予の国とか、坊ちゃん、明治大正レトロとか、そんなデザインやイメージに流れがちなんだけれど」
「そうそう。瀬戸内の島、おばあちゃんが作った……とくればね。でも。カネコさんが洒落た気風を持っているおばあちゃんだと知って、俺もいろいろな冒険が出来て楽しかった」
そこには、レトロ風ではあっても地中海カントリーを思わせるデザインに仕上がっていた。だからと言って、欧風に頼らず、この瀬戸内のおおらかさを現すためか、優しい水彩画で仕上げている。
「これ。キッチンにちょこっと置いていてもお洒落。私も欲しい。真田珈琲さんの店頭に並べても、とっても馴染むわね」
だけど……と、琴子は渋い顔になる。
「これって。明日〆切のその仕事より、ずっとずっと後の〆切なのに」
そこで雅彦が、またあの面倒くさそうな溜め息をあからさまに落とした。
「順番に上手く浮かぶ訳じゃないんだよ」
「そうね、そうよね。いつも、そうだものね」
琴子もつっけんどんに返したので、また雅彦が不機嫌に背を向けてしまった。
それっきり、一言も言わなくなったので、琴子は『いつもの彼』をよく知っているからそこでちょっとした会話も終了と背を向けたのだが。
「あのさ。……」
小さく聞こえたその声に、琴子も振り返る。
「あのさ。やっぱり俺一人では無理だった。仕事を取ってきてくれる社長のおかげ。こんな自分のやり方じゃないと仕事が出来ない管理能力がない俺のスケジュールを、厳しく管理してくれる琴子のおかげ……。だから俺……、琴子が右腕になってくれるなら……独立できると思ったんだ」
だけどそこで琴子は、苦い思いを噛みしめていた。
それを『結婚しよう』に結びつけてきた彼がしたこと、いまも許していない。男として許していない。それでも、この半年で彼はあまりにも変わった。しかも今や飛ぶ鳥落とす勢いの『人気デザイナー』に変貌していた。職で男を見せてくれたから、『仕事』は一緒に頑張れる。
「それから。お前の旦那……。滝田社長が俺のデザインを生き返らせてくれた。変えてくれた。息を吹き込んでくれた。クライアントを見て、なおかつ、俺のデザインを生かすって本質……」
そして雅彦は再度、繰り返した。
「俺、一人じゃ出来なかった。なにもかも。それを教えてくれたのは、お前の旦那だから」
琴子も判っている。デザインの仕事が第一だった気難しい元カレが、こんなにも変貌したのは、夫の英児が『嫁さんの元カレ? それがどうした。いい仕事をする男だってビビッと来たんだよ!』と、これまたロケットのように一本筋ですっ飛んでいって、周りを引き連れ、ひとつの仕事としてまとめてしまったからだ。
それから雅彦には沢山の仕事が舞い込むようになった。口コミもあるし、龍星轟のステッカーを目にして、三好デザイン事務所への問い合わせが増えたり。つまり、三好デザイン事務所はいまや、『本多雅彦』というスターデザイナーを抱え、大繁盛だった。