ワイルドで行こう

 .さあ、帰ろう (2)




「今夜はどうしようかな」

 店内、食品売り場を巡る。
 忙しさにかまけて、ついつい簡単な手料理になっているここ数日を反省し、琴子の頭の中は何を作ろうかぐるぐる。

 実はもうすぐ琴子の誕生日。次の土曜日がその日にあたる。しかも『彼と一緒に初めて迎える誕生日』。付き合って一年もしないうちに結婚した。昨年の今頃はまだ出会ったばかりで、彼とは恋人同士にもなっていなかったから……。

「その日にたくさん作ろう。いまからメニューを考えておかなくちゃ」

 彼が好きになってくれたメニューが浮かび、それが新しい住まいの新しいテーブルにいっぱい並べている自分を琴子は思い描いていた。

「じゃなくて……。今夜のご飯よね、まずは」

 冷蔵庫に足りなくなった野菜をカゴに入れ、次は精肉売り場。
 けっこう食べるのよね。と、琴子は精肉パックもひとまわり大きいものを手に取るようになっていた。

 同居当初、母と二人だけの生活をしていた時の感覚で食材を揃えたら、ぜんぜん足りなかったことを思い出す。

 徐々に材料もこしらえる量も増え、そして自分の今までの生活では選ばなかったものも探すようになる。つまり英児がそれまでに好んでいた商品など。最初は彼と一緒に買い物に行かないと、何を好んでいるのか判らなくて困ったりした。

『琴子が選んだならそれでいいよ』

 おおらかな彼だから、そういってこだわりなく笑って流してくれるのが目に見えて、だから、琴子から英児の腕を引っ張って『これとこれ、どっちがいいかな』と聞いて選んでもらったりした。

 珈琲売り場に来て、琴子は足を止める。

『コーヒーはさあ。琴子が選んできてくれたのが、うまかった。だからお前に任せるな』

 一緒に住み始めたころ、そこだけは琴子に気遣う様子もなく、はっきりと言ってくれた。
 先日。気候も暑くなってきたので、アイスコーヒーを入れてあげたら、大絶賛。それを思い出して、琴子は微笑みながら珈琲豆を手に取った。

 つい肉料理になってしまうので、最後に鮮魚売り場も眺めてみることに。すると『太刀魚』が目についた。そのパックを手に取って眺める……。
『この前の太刀魚の天ぷら、すごい美味かったよ』
 母のやり方を真似して作った天ぷら。彼が初めて食べてくれて、とても気に入ってくれた料理。

「あれから、一年なのね」

 出会ってまだ一年しか経っていない。去年の今頃、桜の季節に別れてそれっきりだった彼と再会したのも、こんな梅雨の時期だった。

 なのにもう。いままでの誰よりも長く一緒に過ごしてきたように感じている。男の人と暮らすのが初めてだから? 初めて毎日毎日一緒にいられるから? でも、もう彼は琴子の日常。すぐそこにいて、いてくれないと心と身体の半分を無くしたように恐ろしくなる。

「天ぷらにしよう」

 また巡ってきた季節を思い、その食材をカゴに入れた。





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