ワイルドで行こう
買い物を終え、フェアレディZに乗り込んだ途端に、夏特有の大粒雨の夕立が襲来。
激しい雨が跳ね飛ぶバイパスを龍星轟へ向かって走るのだが、琴子はハンドルを握りしめてため息をついた。
「あー、もう。せっかくワックスがけをしたばかりだったのに」
週末、自分で丁寧に磨き上げたばかりだった。ワックスがけは楽しいしけれど、楽しい分、一手間かけている。その手間をあっという間に台無しにしてくれるのが、この雨。手間を思い出すとほんとうにがっくりする。 そしてまた思い出している。
『夕立はやっかいだよな。これで外でワックスがけしていたら最悪なんだ。俺の敵』
あの時、彼が本気で雨雲を睨んでいた顔を思い出す。そして、一年経ち、今は琴子もまったく同じ気持ち!
「本当に敵なんだから。ピカピカになったゼットが汚れちゃうし」
ため息をついた。どんな時もピカピカでキラキラ煌めく愛車にしておきたい。そんな気持ちになっている。
大好きな車がキラキラ綺麗になっていくのは、自分がメイクをして嬉しい気分になる時と同じだと琴子は感じている。
だから車が大好きな男性達が、あのワックスじゃないこのワックスがいい。あの商品も試してみるか。と、あれこれ夢中になってしまう気持ちが良く判る。
いまや琴子も、そんな車好きな男達の仲間入り。お店に新しいワックスが入ってきたら使いかけをほうって試してみたくなるし、水アカ取りにウィンドウ撥水コーティング剤にタイヤワックスなどなど、入荷品はひとつひとつ手にとって眺めてしまう。最近はタイヤとかホイールまで『こんなの履かせてみたいな』とか本気でカタログから物色したりしてしまう。それは化粧品をあれこれ試したり、お気に入りを探し当てるあの気持ちと一緒だった。
結婚後も、土曜日曜はお店の手伝いもよくする。滝田店長からもらったあの龍星轟のジャケットをはおって、彼と一緒に接客もしたりする。そうしてお店に顔を出すことで、まだ見知らぬ顧客さん達と顔見知りになれる。
そしていつも、店長の彼が『女房になった琴子』と紹介してくれる。そして顧客さんと知り合いになり、その人それぞれの車への愛情を知る度に、『龍星轟のオカミさん』になっていく実感をすることが出来た。
「この雨だと、英児さんも怒っているかもね~」
ボンネットに、止まぬ雨と激しく散る飛沫。店先で顧客の車を磨いていたなら、彼も同じ気持ちになっていることだろう。