ワイルドで行こう
空港近くになると、道路はびっしょり濡れているが既に小雨になっていた。
龍星轟の店先も水溜まりが出来るほど濡れていたが、龍星轟から見える海空には晴れた夕空がひろがっていた。こちらはもう夕立も通過済みで、そろそろ雨も上がりそうだった。
ガレージへと向かう。隣のピットには整備士兄貴コンビの清家さんに兵藤さん、そして矢野さんが車を整備している姿が見える中、琴子はガレージへ、ゼットを駐車させる。
まだ初心者マークだけれど、もう夫の監督なしで車庫入れ駐車が出来るようになった。
これも一年前には考えられない自分の姿。
車を運転する自分など想像もしていなかったし、ましてや、新しい恋人が一年後にはいるのかしらと思い悩む以上に、大きく通り越して『結婚』している。
ほんとうに、こんなに変われるとは思ってもみなかった。
しかもこんな銀色のスポーツカーに乗って、車屋のオカミさんになっている。
車のエンジンを切っても、琴子はハンドルをもう一度握りしめ、感慨深い溜め息を吐いていた。まだ夢を見ているようだと。住む自宅も自分が生まれ育った実家とはまったく違う会社兼自宅で、本当に車に囲まれた暮らし。
望んでいた世界ではなかっただけに、いや、思いつきもしなかった『男の世界』にいつのまにか馴染んでいる。
運転席を降りドアを閉めると、ガレージの入り口に傘をさしている人影が現れる。
「おう、おかえり。琴子」
いつもの作業着姿の彼が出迎えてくれる。
「ただいま、英児さん」
あのにぱっとした笑みをみせてくれる彼。英児は毎日ちゃんと、このガレージまで琴子を出迎えに来てくれる。
そんな彼が傘を閉じながら水に汚れたゼットを見て、やっぱり同じようにため息をついた。
「雨、残念だったな。週末、自分で綺麗に磨いたばかりだったのに」
「ほんと敵ね、あの雨は。ゼットが濡れていく瞬間のあの脱力感ったらもう……」
英児も笑う。
「これからの季節、しょっちゅうこんなんだよ」
「英児さんは。お仕事中、大丈夫だったの」
「おう。俺はセーフだった」
良かったと笑うと、英児は嬉しそうに琴子の傍にやってくる。
「おかえり」
ハンドバッグや買い物袋を両手に持っている琴子をそのまま、英児が大きく腕を広げて抱きしめてしまう。しかもぎゅっと力を込められ、逆に琴子の身体から力が抜けそうになる。
「た、ただいま」
毎日ではないけれど彼は時々、『おかえり』と出迎える時にぎゅっと強く抱きついてくる。まるで『お前が帰ってこないかと思った』とか『お前が帰ってくるまで、待ち遠しかったよ。寂しかったよ』とでも言いたそうな、そんな寂しがり屋の英児らしい抱擁。たぶん、そういう気持ちが素直に行動に出てしまう彼だからこそ。そう思うと、こうして帰りを待っていてくれる彼を知るたびに、琴子の胸はきゅんとしめつけられる。