ワイルドで行こう



「あ、石鹸。なくなりそうだった」

 リビングを出て行ったばかりの英児を追うようにバスルームへ向かうと、丁度、彼が衣服を脱ぎ始めたところ。

「英児さん。もう石鹸がなくなりそうだったから出すわね」
「おう。悪いな」

 バス小物をまとめているバスケットから、英児が好んでいる石鹸をひとつ手にして彼に差し出した。

「おっしゃ、行ってくるわ」

 琴子の目の前で、豪快に服を脱ぎ散らかして堂々と素っ裸になる英児。隠すところも隠そうとしない思い切りの良さがもう……。本当に男らしいというか、悪ガキというか。琴子の手から石鹸を取ると、男っぽい裸体でバスルームに消えていった。

 彼が去った後も、嵐が去ったよう。子供みたいに脱ぎ捨てた服や下着が散らばっている。それを琴子は、笑いを堪えて拾い集める。

「もう英児さんったら。子供みたい」

 琴子の父はこういう豪快さはない穏やかな男性だっただけに。女性寄りの家庭だったので、男らしく豪快な振る舞いを目にすることがほとんどなかった。

 それがこの夫と結婚したら、毎日がこんなかんじ。何事も軽快に笑い飛ばし、何事も素早く決断し、何事も豪快で思い切りがよい。それが風呂にはいるという日々の些細な行いにまでよく表れている。

 そんな彼が脱ぎ散らかした服を拾う時、琴子は『本当に、悪ガキ兄貴の奥さんになったのね』と実感したりする。

 汗の匂いがこれでもかというくらい染みこんだティシャツに、泥と油で汚れた紺色の作業ズボン。嫌ではない、英児の生きている匂い。それまで敬遠していた異性の匂いだったはずなのに、ある日突然、なにかに捕まったように嗅ぎ取り離れられなくなった男の匂い、彼の匂いだからこそ愛せる匂い。慈しむような思いで、仕事着専用の洗濯機に放り込む。ここまでしたならスイッチを入れて回すぐらい……。洗濯をするセットをしてスイッチを入れると、ゴウンゴウンと洗濯機が動き始める。

 その時、急に。バスルームの扉が開いて、これまた恥じらいもなく素っ裸の英児が濡れた姿を見せたので、琴子はびっくり固まった。

「おい、こらっ。それ、俺がやるって言っただろ」
「す、スイッチ、入れただけだよ。拾ったついで」

 どんなに何度もその男の裸体と抱き合ったことがあると言っても、煌々と灯りが照らすそこで男のなにもかもがあからさまに見えると琴子も直視なんてできない。目のやり場に困ってしまう。だけど彼はけろっとした顔で言う。

「そっか。うん、ありがとうな」

 素っ裸で、あのにぱっとした笑顔。だけど直ぐにしかめ面に変わる。

「でもな。お前、なんでもやろうとするからよ。俺がやることは俺がやるときちっとしておこうと思って」
「そ、そう。私もありがとう。じゃあ、干すのはお願いしますね」
「当然だろ。俺、毎日ずっとやってきたから気にすんなよ。ほんとに油断するとお前、頑張りすぎるから心配なんだよ」
「頑張っていません。今日だって……ここのところ、ちゃんとお料理していないって反省していたぐらいなのに」
「充分だよ。お前の飯、簡単でも手が込んでいてもちゃんと美味いから気にすんな」

 それだけいうと、彼の方からばたりと扉を閉めて姿を消してしまう。

 さっと出てきて、さっと話をして、さっと去っていく。疾風のごとく、いちいち戸惑って迷っている琴子の割り切れないところをすぱすぱ切って、その風のまま一緒に次の場所に連れて行ってくれる感覚。いまはこれを『彼はロケット』と呼んでいる。

 彼にとってはひとつひとつ、今まで通り自然にやっていることなのだろうけれど、琴子はそんな夫の豪快さに触れると……。まだ頬が熱くなる。『私にはなかった世界』だと思うと、ちょっと興奮していることがまだある。



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