ワイルドで行こう
そこ、どいてくれる。 

8.もう、何度も抱いた。

 ひと月の内ある時期を迎えると、また残業続きになる。
 地方誌の発行が近づいていてくる月下旬から、新刊を準備するための印刷が立て込んでくるからだった。あるいは、月初めに企画的キャンペーンを控えている企業の広告やパンフレット等々。
 この頃になると、琴子はデザイン事務所からパパ社長の印刷会社製版課に手伝いに回されることが多い。
「琴ちゃん、これマックで間に合わないから。レタッチしてくれる」
 製版課長から、ダイレクトメールや挨拶状などの小物を回される。
 デジタルじゃない。昔ながらの製版をする。下に蛍光灯をつけているガラス張りのライトテーブルのスイッチを入れ、ネガフィルムを置く。琴子は眼鏡をかけ、カッターナイフ片手に作業開始。
 ああ、今日も夜の十時を越えそう。琴子は覚悟する。夜食をオーダーするか、帰って母が作ってくれた食事をするか。選択を迫られる。でも……ここの出前夜食は油っこいものが多く、下手すると翌日胃もたれする。まだまだ続く月末の山場、ここは空腹を我慢し、帰宅してゆっくり食べようかと考えながら……。
 一人ぽつんと作業をしている中、ライトテーブルの上に置いていた携帯が鳴る。表示が『滝田英児』。琴子は持っていたカッターナイフを放り、すぐさま手に取る。
『こんばんは。元気?』
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