ワイルドで行こう



 ついたての向こうは、残業あがりのサラリーマン二人連れ。ささやかに聞こえてくる会話、何を話しているかわからない。なのに突然その彼等が声高に言った。

「お、あれ。交差点の、見ろよ」
「うわ。ここらでは珍しいな」

 彼等の興奮気味の声に、琴子もそっと二階から見える交差点へと目を馳せた。

「本州から来たんじゃね。でもこんな雨の季節に、あんな真っ白な車体を汚すなんてもったいないな」

 そして琴子もその白い車を見て『本当だ。この地方では珍しい』と目を見張った。

 交差点で信号待ちをしているのは真っ白なイタリア車。フェラーリ! 
 微かに空かしている窓の隙間から、そのエンジン音まで届いてくる。

 信号が青に変わろうとしている。どんな発進をするのかしら、どんな人が運転しているのかしら。やっぱり琴子も羨望の眼差しを送ってしまう。

 信号が青になる。でも、その車がぐんとこのカフェの駐車場に入ってきた。

「この店にきちゃったな。ここフェラーリのオーナーがドライブ中に入るような店じゃないだろ」

 そんな男性達の声。そして琴子も。こんな道端の、ここらへんのサラリーマン相手の小さなカフェにどんな人がなにを思って? でもその運転席から降りてくるだろう人も気になる。

 すぐ真下に停まった白いフェラーリの運転席ドアが開き、そこから出てきた男性を見て琴子は仰天する。

 龍のワッペンが着いた紺色の作業ジャケットを来た男、普段着そのままの旦那さんがフェラーリから降りてきた!

 しかも。二階を見上げた彼が『いつもの席にいる妻』を見つけて笑顔で手を振ってきた。

「……手、振ってるな」
「え、この店の誰かを迎えに来たってことか?」

 すぐ傍の彼等があちこち見渡している気配がして、琴子はバッグ片手にさっと立ち上がる。
 階段を下りて直ぐそこにあるレジカウンターで精算も急いで外に出た。

「琴子!」

 白いイタリア車に、普段着の夫。
 なのにそのレーサー服を思わせるワッペンつきのジャケットのせいか、そんなに見劣りしていないところがすごい。

 車の仕事をしている男が、その車に携わっているというしっくりとしたオーラにまとまっている。




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