ワイルドで行こう
「え、英児さん。ど、どうしたの。この車」
戸惑う琴子を見ても、英児はいつもの如く、こともなげに告げた。
「琴子の誕生日だから、盛大にこれででかけようと思ってさ」
私のために!?
今夜のためにどこかから持ってきたと判っても、それが自分のためだとはっきりと聞いて、また琴子はびっくり仰天する。
「こ、こ、こんな高級車……どこから」
レンタル? まさか、まさか……貴方のことだから『思い切って買った!』とか言わないわよね!? 思い切りの良い彼なら、本当にやってしまいそうで。だから琴子はドキドキ、ヒヤヒヤ。
だけど。彼はそこもおおらかに笑い飛ばした。
「あはは。買うわけねーだろ。さすがに何台も持っている俺でも、どんなに欲しくても買えねえって。それにフェラーリ買うなら、その前に日産のGT-Rを買うって」
夫は国産車愛が強いことでも有名。特に日産車愛好者。常々、フェラーリよりもGTRと言っている。
では、これ。どうやって? その真相をやっと教えてくれる。
「南雲君から借りてきたんだよ」
「あの、南雲さんが……」
『南雲 誠』。その人の名が出たら、琴子もすとんと納得、落ち着いてしまう。
その人は龍星轟の常連様でもあり、夫の英児とは車を通して仲の良いマニア仲間で走り仲間で『御曹司』。
本社はこの地方にあるが、その業界では全国区規模での勢力を持つ大企業の御曹司だった。
そこの次男坊である彼が、車好きで何台も持っている。当然、フェラーリも、そしてクラシックな国産車も、その他の海外車も、所有は様々。龍星轟でも所有台数はピカ一の顧客。地方でままならないところ、困ったことがあれば龍星轟を頼ってくれるとのこと。
英児と婚約してから二度ほど龍星轟を訪ねてきて、琴子も既に顔見知り。琴子もその企業を知っていたので、それを聞いた時はとても緊張したもの。だけれど、夫の英児と南雲氏が、まるで同級生のように茶化しあい、どつきあい、気さくな関係を眺めてるうちに、琴子も御曹司ではなく『夫の親しい友人』として接することが出来るようになった。
だからこその、『さっとフェラーリを貸してくれた』は納得。
きっと……。琴子の誕生日だから、初めてフェラーリに乗せてやろうと思って借りてきてくれたのだろう? なんて思ったら大間違い。この夫、琴子が思うよりちょっと大きなことを考える人。その夫が唐突に言いだしたこと。
「琴子の誕生日だからさ。『嫁さんに運転させてあげたい』と言ったら、南雲君も喜んで貸してくれた。きっと奥さん、喜ぶよってさ!」
私が、う ん て ん!?
嫁さんを乗せてあげたい。じゃない! 嫁さんに運転させてあげたい。と来た!
琴子は慌てて首を振った。
「む、無理っ。だって、私、まだ若葉マークだし! 左ハンドルのミッションなんて無理!」