ワイルドで行こう
速攻拒否する妻に、何故か夫が『待ってました』とばかりにニヤリとした笑みを見せたので、琴子はその余裕はなんなのかと固まった。
「大丈夫。だから、F430を借りてきたんだから」
そんな車種を言われても、琴子にとってはフェラーリは高嶺の花というイメージしか湧かない車。
「まあ、いいや。まず俺が運転をして見せてやるからよ。助手席に乗りな」
即決の男は琴子のその後の反応など構わず、いつもの龍星轟ジャケット、デニムパンツスタイルでさっと運転席に乗り込んでしまう。
赤い革張りのシート、そこにすっぽりと身体を沈め、既にシートベルトを締めているところ。
琴子は助手席を見たって、ドキドキ。嘘、本物のフェラーリに、乗れちゃう!?
真っ白でピカピカのフェラーリ、大きな車体が優雅に輝いている。だけれど、カフェの男性客が言ったとおり、足回りは雨のせいで泥を跳ね白い車体を汚していた。それでも! 素敵に見えてしまう車だと琴子はその神々しさに震える。いつもメディアで見かける飾り物みたいな手に届かない車なんかじゃない、泥がついているからこそ『公道を走ってきた本物のフェラーリ』という重厚さを見せてつけている。汚して走ってこそ、フェラーリのオーナー。そういう悠然としたムードに、琴子はもう気圧されっぱなしだった。
「どうしたんだよ。大丈夫だって」
あんまり物怖じしているのがもどかしいのか、ついに夫があのキッとしたガンとばしの眼つきを見せる。それを見たら、琴子も四の五の言わず、とにかく彼を信じて乗り込むだけ。
おずおずと赤いシートに身を沈める。それだけでなんだか違う! シートベルトをして整えると、やっと英児が運転席で微笑んでいる。
「誕生日、おめでとう。さあ、行こうぜ」
琴子の頭を大きな手でくしゃっと撫でると、すぐにハンドルを握って前を見据えた。
エンジンがブオンと吠える。本当に馬みたい? そして運転席にはいつも通りの旦那さん。琴子の誕生日だからと気取った格好もせず、本当にいつも通り。ただ車が車があまりにもすごすぎるっ。
「よっしゃ。行くぜ」
彼がハンドルを回し、アクセルを踏んだ。ぐんっと軽やかに白い馬が走り出す。
そして英児もいつもの車と変わらず、フェラーリだろうがなんだろうが、まるで『俺の車』とばかりに慣れたスムーズな運転。
あっという間にバイパスに出る。真っ白なサラブレッドがエンジンを高らかに唸らせながらもスマートに滑らかに、でも低い姿勢でアスファルトを駆けていく感覚!