ワイルドで行こう
大橋が展望できるサービスエリアを出て、フェラーリが高速道路を走り出す。やがて、琴子の目の前に、光をまとった大きな吊り橋が現れる。
「琴子。俺が隣についているからよ、思いっきり行け」
もうこの車の運転席に溶け込み、その魅力に囚われた琴子も迷わずに頷く。
そして。助手席で見守ってくれている夫がいるから……。
アクセルを踏み、見て覚えたF1マチックのパドルを指先で弾く。
3速、4速――。
「まだだ、行け、琴子」
正直、体感ではこのあたりのスピード感覚が今までの琴子の限界。
だけど琴子は頷き、5速……。
すごいエンジン音! まるで轟音、爆音!
「行け、6速!」
けたたましいエンジン音の中、声がかき消されないよう英児が叫んでいる。
怖い、けど、すごい! 目の前は橋を走っているというより、海の上、空を飛んでいるような感覚! 海のきらめき、船の輝き、橋の光、そして星と月、夜空と夜海がひとつになって。
車じゃない。やっぱりこれは琴子には『ロケット』。知らない世界を見せてくれる『空へ飛んでいくロケット』だった。
そして琴子は初めて身体で知った。
これが。龍星轟なのね。
滑走路のような橋から夜空に飛んでいく、龍の気分。けたたましい轟音を響かせて、星に向かって飛んでいくよう……。
彼が、その名を自分の生き甲斐の場所として名付けたことが良くわかった気がした。そしてこれは彼がどう生きたいか望んで名付けたのだって。
またひとつ。琴子は知る。そして自分に出来たことがまたひとつ増える。この日、この時、夫が与えてくれたこの日の出来事はきっとずっと忘れない。瞳に映るなにもかも、耳に届いたなにもかも、そして身体中で感じた何もかも。
「すげえっ。俺は日産のGT-Rもブランド力さえあればフェラーリにだって負けてねえと思っているけどよ。悔しいけど、やっぱフェラーリもすげえや!」
そして隣で少年のように無邪気になってしまう、私の龍さんも。いつだって一緒、いつまでも一緒。
いくつもの島を橋で繋ぐしまなみ海道を走り続ける。来島海峡大橋で繋がっていた島々と大島を抜け、また伯方大島大橋を渡り伯方島に渡る。そして琴子はここでフェラーリから降りた。だけどそれは『一度、ここで休もう』という英児からの指示だった。
もう真っ暗な瀬戸内の小さな島。橋が出来て人々がたくさん訪れるようになったと言っても、夜は閑散としている漁村だった。