ワイルドで行こう
白いフェラーリを海辺に停め、海上に光る伯方島の大橋を二人で眺めて、醒めやらぬ興奮を宥めるように潮風の中ひと息。
「飯食ってねえよ、俺達」
琴子もはたと思い出す。
「ほんとうよ。もう夜遅くなったし……、どうする」
そうしたら、彼がけろっと言いだした。
「んじゃ。せっかくだから尾道まで行ってしまおうぜ。泊まるところ、どこかあるだろ」
そういう無計画を、夫は時々平気で言い出すから琴子はびっくりとびあがってしまう。
「ほ、本気なの? でも英児さん、明日もお店があるじゃない」
「ああ。俺、明日一日分の有給を取ったから、一日、琴子とゆっくり出来るんだよ」
「えー、そうなの!」
うんと夫が平然と頷く。
「俺達、仕事もあったから新婚旅行も行っていねえし。琴子の誕生日だからなんとかならねえかなあと思っていたんだよ。矢野じいも武智も兄貴達も一日ぐらいなんとかなるから行ってこいって言ってくれたんだけど。俺の仕事もどうなるかわからないから、確実に休めるまでお前には期待させないよう黙っていたんだよ」
そして。今日の夕方。なんとか無事に片づいたから、休めることになったとのこと。
「だから。どこも予約してねえんだよなあ……。うん。やっぱ、俺、馬鹿だな。車だけ捕まえてきて、お前とゆっくり過ごせる美味い店とかホテルとか旅館ぐらい、ダメモトで予約して準備すべきだったよな。琴子だって一泊するなら、女の子として必要な準備だってあるよな」
わりい。俺、また自分勝手だった。と、あの英児がしゅんとしてうつむいてしまった。
でも。琴子は……。そんな彼の大きな手をそっと握った。
「ううん。もう、なんにもいらない」
だって。貴方と海の上、空まで飛んでしまったから。
「え、琴子。ど、どうしたんだよ」
彼を見上げる琴子の顔を見て、英児が困惑している。その時、琴子の目は熱く潤んでしまっていたから。
「美味しい夕ご飯も、素敵なホテルも、今日はいらない。明日着る服もなんだっていい。お化粧だってしなくていい。つれていって。英児さんが私を連れて行こうと思ったところに、つれていって!」
そのまま琴子は、もうすっかり慣れた夫の胸に飛び込み、きつく彼に抱きついていた。
「好き、大好き。愛してる。英児、愛してる」
「琴子……」
素敵な瞬間をありがとう。忘れられない貴方との時間をありがとう。知らない世界につれていってくれて、ありがとう。
そして貴方を、本当の貴方を知れて、嬉しかった。これから奥さんとして、私、貴方の生き方、一緒に見つめていく、走っていく、飛んでいくから。
気持ちばかりが溢れてきて、声にならない。あんまりにも幸せで涙がでちゃって、伝えられない。