ワイルドで行こう
瀬戸内の海の色が、少しずつ春らしくなっていく。
だが今夜も英児は一人で食事を済ませていた。彼女がいないと、途端に独身時代のように外食になってしまう。
店を閉めて、車でよく知っている店に行って、一人で食べて帰ってくる。それでもまだ二階の自宅に彼女が帰ってきていなかった。
もう十一時――。以前なら『俺が迎えに行く』とスカイランで三好堂印刷まですっ飛んでいったのに、今の彼女は自らがフェアレディゼットを運転して通勤をしているので、それに乗って帰ってこなくてはならないから、英児の出番がない。
「相変わらず、時間に容赦ない仕事だな」
ひとり煙草をくわえ、英児はふっと溜め息と共に煙を吹いた。
嫌だな。彼女がいないベッドに一人で寝転がるのが嫌だな。彼女がいつ戻ってきたかわからないだなんて嫌だな。
しかしまともに待っていると、本当に午前の一時や二時に帰ってくることもあって、英児も待ちきれないことがある。
待っていると琴子もびっくりして『駄目じゃない。明日もお仕事でしょ。ちゃんと寝ていて』と怒ったりすることもあった。
仕方ない。先に横になっているか――。
カーレースの録画を見ていたテレビを消して、リビングの灯りを落とそうとした時だった。鍵が開く音――。
英児はすぐにリビングの扉を開け、玄関へと急ぐ。
「おかえり、琴子」
眼鏡をかけた彼女がそこにいた。