ワイルドで行こう
 やはり大人のきちんとした説明を社長にするべきだったかと――。
 彼とジュニア社長が言葉を交わしている。でも? あら? ジュニア社長がなんだか笑っているんだけど? しかも親しそうに彼と手を振り合って、ジュニア社長もオデッセイに乗り込んで納得した様子。
 彼が戻ってきて運転席に乗り込んだ。
「うちの社長と……顔見知りだったの?」
 彼が煙草を車の灰皿に押しつぶして笑う。
「うん。親父さんの車も社長ジュニアさんの車も、奥さんのも。うちで車検してくれたり、整備に出してくれるんでね。それから今のオデッセイは社用みたいだけど、他にジュニアさんのプライベート愛車を頼まれることもあるんで」
「社長がお客さんだったってこと?」
 『そう』と彼が笑った。
「私がここに勤めているのはいつ判ったの?」
 でも彼は意味深にふと笑っただけ。直ぐには教えてくれず、車のエンジンをかけた。
 スカイライン同様、アクセルを踏み込むとブウンとエンジンが高く唸り始める。ハンドルを切ると、銀色の車がぐうんっと力強く走り出した。
 会社がある小道から、大きな国道へと出る。夜の十時前、少し車が減ってきた夜の街を銀色ゼットが走り抜ける。
 真っ直ぐな走りに落ち着くと、彼がやっと教えてくれた。
「何故、琴子さんの勤め先が判ったか。気がついてないんだな。俺がコートを渡した日に抱えていた茶封筒に、『三好堂印刷』と書いてあったんだけど」
 はっと気がつく。あの『見合い写真』を入れて持って帰った封筒。確かにあのとき、抱えていた――と。
「すっごい観察力」
「かもしれない。だってさ。こんなお嬢さんを徹夜させる会社ってどんな会社だよってちょっと気になったもんで」
「そうなの。この仕事って、時間容赦ない時があるの」
「だよな。そういう業種らしいのは聞いたことがあるんで。だから納得したんだけど」
 また高いエンジン音を響かせ、彼の車がバイパスを快走する。しかも琴子の家とは反対方向へ――。
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