ワイルドで行こう
「はあ、毎度あほらし。もうおっちゃんはやめた。英児、おまえ、自分でやれや」
タイヤ交換途中の作業を放って、矢野じいがピットを出て行った。呆れていたけれどあれでも親父も気を遣ってくれたんだと英児もわかっている。
それでも、英児はまだ琴子を胸元に抱きしめたまま……。しばらく彼女の黒髪にずっとキスをしていた。
「ごめんね、英児さん。バレンタインの当日に間に合わなくて――。知らない顔するのすごく辛かった」
「気ぃつかわせたな。そんな俺がゼットをおまえにあげたからって、気にすることなかったんだよ」
「気を遣ったわけじゃないけれど――。英児さん、みんなのお給与優先にして我慢していたみたいだし。私もスカイラインを格好良くしたかったの。私も欲しかったの、ほんとうは。それに英児さん、チョコレートなんて甘いもの苦手でしょう」
嬉しいよ、マジで――。今度は琴子の耳元にキスをする。空港からの冬の潮風が、ピットに吹き込んできたが、ぜんぜん寒さも感じずに、二人はそこで抱き合っていた。
でもほんとうは。英児の憧れは『女の子らしいちょっとしたものを選んでくれたカノジョのかわいい姿』だった。