ワイルドで行こう
 
 ねえ、どうして迎えに来てくれたの?
 どうしてか、後でわかるから。
 
 銀色のフェアレディZは、市街を飛び出し静かな海沿いの町をゆく。窓を開けると、潮の香り。
 長い長い海岸沿い。このまま行けばかなり田舎の漁村へ行く細い国道。静かな二車線の国道だけれど、潮騒と穏やかな海に癒される色合いに溢れている。
 それに今夜は月明かり。海に反射して、外灯が少ない国道もとても明るく感じた。
「大きな月」
 まだ昇ったばかりのよう。こんな拓けた海で見るととても大きい。
「ちょっと遅かったか。まあ、仕方がないな」
「遅かったってなに」
「それもあとで」
 ひたすら続く海の国道を走るが、彼は面白そうに笑うだけで教えてくれない。でもそれも楽しい琴子。彼はいつも驚かせて、そして……最後は笑顔にしてくれるから。
 『着いた』と言って彼が車を止めたのは、海岸国道沿いにぽつんとある小さな喫茶店。あまり明るくはない道筋にほんわりとした明かりを灯してこの時間も営業中。
 銀色の車を降り、彼と一緒にその店に入った。
 本当にこじんまりとしたカウンターに、奥まったフローリング部屋にテーブル席がいくつかあるだけの。それにこの時間、もう客はいなかった。本当にここで食事が出来るのかと思ってしまった琴子だが。
「いらっしゃいませ」
「まだ食える?」
「まだ大丈夫ですよ」
 カウンターにいるマスターが静かに微笑み返しただけ。顔見知りなのようだけれど、店主と客という関係に徹しているのか二人にそれ以上の会話はなかった。
「こっちの席に行こう」
 奥の窓際席へと連れて行かれる。だがカウンターやレジ棚でよく見えなかった奥部屋の窓がやっと見えた時、琴子は息を呑んだ。
「すごい。海と月」
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