ワイルドで行こう
「マスターもお客様なのね」
「まあね。でも今は俺が客だから」
 そこのあたりの線引き、きっちりしているということらしい。
 やがてオーダーが揃い、彼と食事を始める。静かな漁村の古い喫茶店。客は二人だけ。月明かりのテーブルで向き合う。
「ピザ、美味しい」
「その日の仕入れで、マスターがトッピングを変えるんだ。漁港が近いからシーフードが多い」
「地元の美味しいものが一番ね。それをピザで食べられるなんて」
 月夜の海辺のピザ。海辺の異国に来た気持になるピザだった。
 彼も美味しそうに焼きうどんを平らげる。
「食事、していなかったの?」
「軽くしただけ。……断られたのに、諦めきれなくて。行こうか行くまいかって考えている内に俺の食事時間も過ぎていた」
 最後にやってきたコーヒーを、彼が一足先に口に付ける。カップを置くと、まだ食事をしている琴子をじっと見つめてきた。
 彼に任せて連れて行かれる勢いにただ乗ってきたけれど。ここに来てやっと、琴子は彼の目を見てこの前の熱く湿った夕を思い出す。
「やっぱ、いいわ。琴子さんのきっちり女らしく決めているOLさん姿」
 ノースリーブの白いフリルブラウス、アクアマリン色のタイトスカート。そして白いミュールに白いバッグ。いまどきの女の子なら誰もがやっていそうな夏のお洒落。それを彼が満足そうに眺めている。
「OLの女の子は皆、私みたいなもの。誰でも同じだと思うけど」
「俺みたいなむさい元ヤン、薄汚れた車屋の男なんて、OLさんと縁遠いから。華やかな彼女たちが街中で働いている姿って、俺にとってきらきら見えて、すごく遠いもんな」
 それが目の前にいるということらしい。
「特に、如何にも『きちんと女子をしてきました』というお堅い女の子は、さらに縁遠いから。嘘みたいだって思っている」
 あの夕のように微笑み、琴子を熱っぽく静かに見つめるばかり。また琴子の肌も熱くなってくる。真っ直ぐ見つめ返せなくて、つい月の光へと目線を逸らしてしまう。
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