ワイルドで行こう
「このステッカーを貼って走るのが、このあたりの車好きのステイタスなんだよ。タキタでドレスアップした、タキタでチューニングしてもらった、タキタで整備してもらっている。ヤンキーからは絶大な支持を得ている元走り屋で、車好きからは信頼されているカリスマ店長と言えば良いかね。かくいう俺も、それを聞いてタキタのステッカーを貼りたくて、いや……やっぱりあの男は本当に車好きだし、車を乗る男の気持ちを良く理解してくれるんだよ。依頼者の気持ちを汲んだ車に仕上げてくれる。俺もそれで家にある独身時代のセリカT200を俺好みにコーディネートしてもらって、定期整備してもらっている。その縁で我が家の車は全部タキタ任せなんだよ」
 頭真っ白……。暫く、琴子の全ての動きが停止した。
 そしてやっと我に返った時浮かんだのは。『嘘つき!』だった。とっても悔しかった。目の前、見えた彼の顔は昨夜ニヤリと笑って『俺の上司だから、可愛く挨拶して』というあの顔。
 いやーん、騙された。試された、弄ばれた! 
 ――『社長? 生粋の走り屋。俺と同じ独身、もう夜ブンブンいわして峠道を走るのが大好き』。
 あれって自分のことだったんじゃないのー。なんで教えてくれなかったのー!? でも、琴子も思う。ジュニア社長と同じ。『彼らしい』。いちいち自分から『店を持っている経営者』だなんて言わないところが。
 ――『俺、一介の整備士だよ』。
 きっとあの言葉も嘘ではない。彼はつねにその心積もりで、ただ沢山の車を愛しているうちに『店を持つようになり』、それが広がって『会社』になっていたのだろう。
 ――『いやー。やっぱ、琴子さんは可愛い女の子さんなんだな』。
 あの意味がやっとわかった。ジュニア社長が言ったとおり『車に興味がない可愛くすることが一番の女の子さんにはわからない』という意味だったのだと。
 だが、目の前のジュニア社長がどこかホッとした嬉しそうな笑みを見せていた。
「安心した。あの男なら琴子とつき合っていると言っても任せられる」
 お兄さん的存在だったジュニア社長にそこまで言わせる男だということ。それでも琴子はまだ困惑している。
 そして社長が急におかしそうにクスクスと笑い出した。
< 93 / 698 >

この作品をシェア

pagetop