ワイルドで行こう
 その状態で今宵も残業を終え、琴子は会社を出る。
 ジュニア社長がこれまた帰りにニンマリ『滝田君が待っているんだろ。俺も送りオオカミ卒業かー』なんて冗談を言い放って帰っていった。
 その通りであって。琴子の携帯電話には夜の八時頃には既に【九時頃、会社前の道で待っている】というメールが入っていた。
 事務所と印刷会社横の暗い道を歩いていると、まだ稼働している印刷所の灯りを避けた曲がり角、外灯の下に黒いスカイラインが停まっている。そこへと向かう。
 その黒い車のトランクを見て、琴子は改めてため息をつく。本当だ。あのロゴマークのシールが丸形、デザイン違い長方形型の二種類、貼ってある。派手好きな元ヤンの趣味かと思っていたのに。彼にとってはトレードマークだったなんて。
 運転席を覗くと、くわえ煙草の彼が外灯の光を頼りに何かの帳面を眺めていた。琴子のノックに気がつき、慌ててそれを閉じた。ああ、お店の帳簿なのかしらと思ったり。運転席のウィンドウが開く。
「お帰り。乗って」
 促され、琴子も助手席に向かう。
 シートベルトをして落ち着くと、彼がじっと琴子を見つめていた。ハンドルを落ちつきなくさすって何か言いにくそうな顔をしている。
「あー、えっと。あのさ。三好ジュニアさん、昨夜のこと、なんか言っていた?」
 ジュニア社長から自分の素性を知らされたかもしれないと覚悟してきたのだろうか。いつもの琴子なら素直に『聞いたわよ』と返したいところだが。
「なんにも。プライベートのことは薄々わかっても聞いてこないし、触れないわよ。職場だもの」
 平然と返してみる。すると彼が何故かホッとした顔になる。琴子は眉をひそめた。何故、自分が社長だってばれなければ安心するような顔をするのだろうかと。今だって本当は言い出せるチャンスだったのに。何故そこまで隠すのだろうかと。
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