愛を餌に罪は育つ
私も家族を失ったけど、記憶がないお陰でさほど辛い思いもしていないし、悲しい思いもしていない。


ただ何となく寂しい感じがするだけ。


だけど梓は私とは比べものにならないほどの胸の痛みと闘っているに違いない。



「無理に受け入れる必要はないんじゃないかな?よけい辛くなると思う」

「そう――なのかな?」

「私も現実を受け入れるのが怖くて、このまま記憶が戻らない方が幸せなんじゃないかって思うんだ。でも必要なら私の意思とは関係なく思い出す日がくるんだと思う」

「受け入れないといけない日ってくるのかな――なんか、まだよく分かんないや」



梓にそう言ったものの、私もよく分からない。


そんな日がくるかもしれないと思いながらも、今はそうならないでほしいと思う気持ちが強い。


記憶がないせいで色んな事が分からなくて頭も心もごちゃごちゃしていて気持ちが悪い。


すっきりしない日々が続いているが、これは記憶を取り戻さない限り終わらない気がする。


だけど記憶を取り戻せば辛く悲しい現実を突き付けられる。


今は現実の世界にいるのにどこか夢の中にいるような気分だ。


私はまだ酷い現実を突き付けられたくない。






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