愛を餌に罪は育つ
今はあの光景の事は思い出したくない。


お願いだから消えてよ。


私は目をギュッと瞑り、秋の胸に顔を埋めた。


その時、頭を撫でられ体から力が抜けていくように、強張った体が軽くなる感じがした。



『どうした?』



寝起きで掠れた低い声。


でも私にとっては落ち着く優しい声だ。


顔を上げるとまだ眠そうな顔の秋と目があった。



「ごめん、起こすつもりはなかったんだけど――」

『気にするな。それより大丈夫か?』

「何が?」

『泣きそうな顔をしてる』



いつも私の変化に気付いてくれる。


それとも私が分かりやすい性格なのかな。



「大丈夫だよ。ちょっと夢見が悪かっただけだから」



秋は体の向きを変えると私の体を包みこんだ。



「温かい――それに秋の匂いがする。凄く落ち着く」

『俺も落ち着く。ゆっくりお休み』

「うん、お休みなさい」



備え付けの同じボディーソープを使ったのに秋の方がいい匂いがするような気がする。


いつもは布の上から感じる秋の体温。


だけど今日はその温もりを邪魔するものは何もない。


いつもより秋を独占しているような気持ちになり、それが嬉しくて私の心はいつの間にか安らいでいた。


秋の胸元にキスを落とし、私は秋の腕の中で一時の眠りについた。





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