愛を餌に罪は育つ
家族を失ったからと重苦しい空気に流されている暇なんてない。


生きている私は生きるために出来ることをしなければいけない。


前向きな気持ちでいられるのはきっと家族の記憶がないから。


記憶を失っていなければこうはいかなかっただろうなと思う。



「すみません、本日から御社で働く事になりました大野ですが、受付はこちらで宜しいんでしょうか」

「どちらの部署になりますでしょうか」

「あぁ――えっと、ですね――――」



言葉につまり、しどろもどろしている私を見て、受付の女性は綺麗な顔を怪訝そうに歪めている。


自分が働く部署が言えないなんて怪しすぎるよね。



「大野さん?」

「えっ――」



名前を呼ばれ振り向くと、グレーのスーツを着た華やかな女性が笑顔で近付いてきた。


私のすぐそばで立ち止まった彼女からは微かにお花のいい香りがした。


桜の香り――かな?



「待ちきれなくて迎えにきたの」

「わ、わざわざすみません。ありがとうございます」



彼女の言葉に内心ホッとした。


このまま受付にいたら不審者扱いされていたかもしれない。





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