愛を餌に罪は育つ
「個人で部屋が用意されているのは会長、社長、副社長の秘書だけ。他の秘書はみんな同じ部屋なの」



仕事に慣れれば気は楽かもしれないけど、慣れるまでは一人で仕事なんて正直不安だ。


緊張が増していく私を他所に、増田さんはドアの取っ手に手をかけた。


秘書の部屋とは思えないほど広々とした作りで、豪華だった。


だけど暖かみのない寂しい部屋。


仕事部屋だからそれが当たり前なのかもしれないけど、落ち着かなさそうだなと思った。



「心の準備はいいかしら?」

「は、はい」



もう少し時間を下さいとも言えるはずもなくそう答えると、今まで柔らかい表情だった増田さんの顔が一瞬で引き締まった。


それを見て更に私の心臓は煩く暴れはじめる。


背筋を伸ばし姿勢を正す。


斜め前に立つ増田さんの背中を見詰め、気付かれないように静かに深呼吸をした。


大丈夫。


今日は挨拶だけだもん。


挨拶だけなら粗相はしないはずだし、何事もなく終わるよね。


ドアをノックする音が三回鳴り、ドアがゆっくりと開かれた。







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