愛を餌に罪は育つ
ドアが開くと増田さんが「失礼致します」と言って足を踏み入れた為、私も急いでその後に続いた。



「失礼致します」



そう言って急いで頭を下げると、『今日だったな』という低く落ち着いた声が聞こえてきた。


ゆっくり頭を上げると、立派な黒皮の椅子に座っている男性と目が合った。


二重だが切れ長で鋭い目。


こんなに綺麗な容姿で副社長という地位にいれば、女性から人気があるのは無理もない事だと思った。



「お仕事中失礼致します。少しお時間宜しいですか?」

『あぁ、事前に決まっていたことだからな』

「副社長の秘書を務めることになりました大野美咲さんです。今日から三日間は二階の研修室にて研修を行います。それ以降は実際に秘書業務について頂きます。勿論仕事を覚えるまでは私が指導係を務めます」

「大野美咲と申します。少しでも早く仕事を覚えるよう頑張りますので、宜しくお願い致します」



私は再び頭を下げた。


緊張は今が一番ピークかもしれない。



『あぁ、期待しているよ』

「は、はいッッ」



副社長は何気なくそう言っただけなんだろうけど、今の私にはその言葉は酷く重くのしかかった。


私ってばどうして秘書なんて受けたんだろう――営業事務のままでいた方が気が楽だっただろうに――。


ここに来てしまったことを私は少しだけ後悔してしまった――――。






< 36 / 390 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop