愛を餌に罪は育つ
彼は困惑した顔をした。


そんな顔をされるのはお願いする前から百も承知だった。



『何――言って――』

「お願い」



彼の言葉を遮り、私は更にお願いをした。


ここまで好き勝手やらせてあげたんだから、最後くらい私の言うことを聞いてほしい。


そう思いながら彼への訴えを止めなかった。



「貴方を傷付けた事を気にしたまま死ぬなんて嫌なの」

『その事なら気にしなくていいって言ったじゃないか』

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、それじゃ私の気が治まらない。できないなら私は車を降りる」



彼の顔は歪み、握られた拳は震えていた。


その震える手に触れると彼の肩がビクッと震えた。



「心の優しい貴方にこんな事をお願いしてごめんなさい。でも、そうしてもらった方が心が軽くなる気がするから――」



心の優しい人間――そんな風に微塵も思っていないのに、口からスラスラと言葉がこぼれ落ちる。


優しい人間が人を殺して平然と生きていけるわけない。


私の事を求める目の前の男は人間の皮を被った化け物だ。






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