愛を餌に罪は育つ
『先生、美咲は僕の事も自分の事も覚えてないみたいなんです』

『分かりました。大野さんには少し簡単な質問をさせて頂きます』



朝陽さんは涙ながらに先生に『お願いします』と言っていた。


この人はどうしてこんなにも一生懸命なんだろう。



『これが何か分かりますか?』



そう言って私に見えるように持っているものを見て、馬鹿にされているんだろうかと思った。



『分からないですか?』

「――ボールペンです」

『そうです。ではこれは?』

「携帯電話です」



暫く先生からの質問は続いた。


誰でも分かるような窓やドア、枕などを指差され私は馬鹿らしいと思いながらも素直に答えた。



『明日、もう少し詳しく検査をしましょう』

「詳しくですか?」

『言語や日常で使用してるものは問題ないようですので、今までに身に付けられた知識に問題がないか調べさせてもらいます』



簡単な計算式なら今頭の中ですぐに計算できているし、政治や歴史、元素記号だって考えればすぐに浮かんでくる。


そんな検査をする必要なんてあるんだろうか。



『そんなに難しそうな顔をなさらなくても大丈夫ですよ。そう難しい検査ではありませんから』

「――分かりました。でも、たぶん異常は見付らないと思います」

『念のためです。それに貴女は実際ご自分の名前が分からなかったのでしょう?』






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